配偶者居住権の取得は、あらかじめ遺言・死因贈与で定めておくべき~遺産分割では難しい?

今回は、配偶者居住権の取得について、あらかじめ遺言・死因贈与で定めておくべきことについて説明します。

設例

私と妻は30年前に結婚しました。今は二人で私の所有する家に住んでいます。私たちには息子が一人いますが、すでに家を出ています。私の死後も、妻には家に住み続けてもらいと思っていますが、妻と息子の折り合いが良くないので、遺産分割となると、家の処分について揉めるかもしれません。配偶者居住権という新しい制度ができたそうなので、ぜひ活用したいと思っているのですが、あらかじめ遺言書を書いておいた方が良いのでしょうか。それとも、私の死後に妻と息子で話し合ってもらっても大丈夫なのでしょうか。

1 配偶者居住権とは

配偶者居住権とは、夫(又は妻)が亡くなった時に、遺された妻(又は夫)が、亡くなった夫(又は妻)の所有する建物に住み続けることができる制度です。

配偶者居住権の取得は、次の方法で設定することができます。

  • 遺産分割(協議・調停・審判)
  • 遺贈
  • 死因贈与

上の設例のような場合、遺産分割協議又は調停で、家の処分について妻と息子でもめたり、遺産分割審判で裁判所から配偶者居住権を取得させる審判がされないリスクはあります。

しかし、夫の作成する遺言書や死因贈与により、あらかじめ配偶者居住権が設定しておけば、妻は、夫の死後も、亡くなった夫の所有する家に住み続けることができます。

以下では、こういったことについて説明します。

なお、配偶者居住権は、2020年(令和2年)4月1日に新たに施行されますので、施行日前に相続が開始されたり、遺言書が作成されたりといった場合には、配偶者居住権を取得できないことになりかねません。

その点を含め、配偶者居住権の一般的なことについて次の記事を参考にしてください。

配偶者居住権とは~評価・登記・施行日はいつから

配偶者居住権は譲渡できない?~配偶者居住権の設定は慎重に

配偶者居住権の登記を忘れずに~第三者に対抗するためには

2 遺産分割(協議・調停・審判)の場合

配偶者居住権の取得は遺産分割(協議・調停・審判)で設定することができます。

2-1 まずは遺産分割協議

人が亡くなると、亡くなった人(被相続人)の遺した財産(遺産)について相続が開始されます。

相続が開始されると、相続人は、遺産分割について協議をして、合意が成立すれば、遺産を相続人間で分けることになります(民法907条1項)。

配偶者居住権も遺産分割の対象となる財産ですから(民法1028条1項1号)、相続人のなかに配偶者居住権の取得を希望する人がいる場合、遺産分割協議の対象になり、合意が成立すれば、相続人は配偶者居住権を取得します。

民法
(遺産の分割の協議又は審判等)
第907条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。

2-2 遺産分割協議が調わない場合は遺産分割調停

相続人間の協議が調わない場合は、相続人は、家庭裁判所に遺産分割調停又は審判を申し立てることができます(民法907条2項)。

制度上は、家庭裁判所には、遺産分割調停の申立てと審判の申立のがどちらもできますが、実務上は、遺産分割調停を経ずに遺産分割審判の申立てをしても、まずは遺産分割調停をしてくださいという判断がされることが多いようです。

これを付調停といいます(家事事件手続法274条1項)。

遺産分割調停では、家庭裁判所の調停委員会のあっせんにより、相続人間で、遺産分割について話し合いが行われます。

遺産分割調停は、あくまでも相続人間の話合いの場ですから、後述する遺産分割審判のように、裁判官が一方的に遺産分割の内容を決定することはありません。

話し合いの結果、相続人間で合意できた場合、調停成立となります(家事事件手続法268条1項)。調停成立時に家庭裁判所が作成する調書に記載されることで、確定的に配偶者居住権を取得することができます。

合意できない場合は調停不成立となります(家事事件手続法272条1項)。

民法
(遺産の分割の協議又は審判等)
第907条2項 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。

2-3 遺産分割調停も不成立の場合は遺産分割審判

遺産分割調停が不成立の場合、自動的に遺産分割審判に移行します。法律的には、遺産分割調停申立て時に、遺産分割審判が申し立てられたものとみなされます(家事事件手続法272条4項)。

遺産分割審判では、前記の遺産分割協議又は調停とは異なり、裁判所が一方的に遺産分割の内容を決定します。これを審判といいます(家事事件手続法73条)

遺産分割の基準は一応あります。次のようなものです。

民法
(遺産の分割の基準)
第906条 遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。

裁判所が遺産分割審判をする場合も、当然にこの基準に従いますが、読んでお分かりのとおり、かなり漠然とした基準ですね。実際のところ、審判では、遺産分割の内容は、裁判所の広い裁量に委ねられていると考えてよいでしょう。

とは言っても、調停での話合いを経て、審判に移行しますから、裁判所も調停における話合いの内容を尊重して、審判をしている印象はあります。

これに対し、配偶者居住権の取得の遺産分割審判にあたっては、上記の民法906条の漠然とした基準に加え、次の基準が設けられました(民法1029条)。

民法
(審判による配偶者居住権の取得)
第1029条 遺産の分割の請求を受けた家庭裁判所は、次に掲げる場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができる。
① 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
② 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき(前号に掲げる場合を除く。)。

民法906条と異なり、民法1029条は、裁判所の裁量をかなり制限していることが読んでわかると思います。

民法1029条の①の場合は、相続人間で配偶者居住権の取得について合意が成立している場合でですので、相続人間で合意が成立していない場合に、裁判所が、配偶者居住権の取得を定めることができるのは②の場合のみです。

しかし、②の条件はかなり厳格です。

②では、

審判による配偶者居住権取得の考慮要素
  • 居住建物の所有者の受ける不利益の程度
  • 配偶者の生活を維持する必要性

この二つを比較して、配偶者の生活を維持する必要性が特に大きい場合に限って、配偶者居住権の取得を定めることができるとしています。

配偶者居住権を取得すると、配偶者が、居住建物の全部を無償で使用収益できるのに対し、居住建物の所有者は、所有者であるにもかかわらず、建物を全く使用収益することができなくなります。一般に、これが建物所有者にとって非常に大きな制約となることはお分かりだと思います。

民法1029条は、この建物所有者に対する大きな制約と比較しても、配偶者の生活を維持する必要性が特に大きい場合に限り、配偶者居住権の取得を定めることが認められることとしているます。

今後の実務でも、かなり限定された場合となることも予想されます。

3 配偶者居住権の設定は遺言・死因贈与で

3-1 遺産分割(協議・調停・審判)で配偶者居住権の取得が定められるとは限らない

上記のとおり、配偶者居住権の取得については、遺産分割(協議・調停・審判)のいずれにおいても定めることができます。

しかし、協議・調停については、相続人間の合意が必要ですし、審判についても、法律で定められた厳しい条件をクリアする必要があります。

冒頭の設例では、妻と息子の折り合いが良くないのですから、協議・調停で、配偶者居住権の取得を定めるて合意が成立する見込みは高くないでしょう。また、審判でも、裁判所が、配偶者居住権を取得させる審判をするとは限りません。

夫の死後、遺された家族である妻と息子が、夫の遺産をめぐって争ったり、妻を家に住まわせ続けたいという夫の願いが叶えられないこととなれば、夫としても不本意極まりないこととなると思います。

そうであれば、夫の死後の紛争の防止し、夫の意思を実現するため、遺言又は死因贈与によって、あらかじめ、妻に配偶者居住権を取得させる旨を定めておくことが賢明といえます。

なお、遺言についての一般的なことについては、次の記事を参考にしてください。

遺言とは

遺言がある場合の相続・遺留分との関係

遺言で相続トラブルを回避

3-2 配偶者に対する遺贈・贈与の持戻し免除意思表示の推定

しかも、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について、持戻し免除の意思表示があったものと推定されます(民法903条)。

民法
(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
4 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

配偶者居住権も、上記の居住の用に供する建物に含まれます。

配偶者居住権について持戻し免除の意思表示が推定されれば、配偶者居住権は、遺産分割の対象から切り離されて考えられることになります。配偶者は、配偶者居住権は確保した上で、その他の相続財産について法定相続分又は指定相続分に基づいて相続することができます。

冒頭の設例でも、夫婦の婚姻期間は30年で、法定の20年を超えていますから、妻に配偶者居住権を取得させる遺言又は死因贈与がされれば、持戻し免除の意思表示が推定されます。そうなれば、妻は、配偶者居住権は確保した上で、その他の相続財産を対象として、息子との間で遺産分割をすれば済むことになります。

なお、持戻し免除の意思表示の推定については、次の記事を参考にしてください。

持戻し免除の意思表示推定~婚姻期間20年以上の場合