前回の記事では、自筆証書遺言についてお話しました。
自筆証書遺言のメリットとしては、自分で完成させることのできる手軽さがあります。また、遺言者が亡くなるまで、遺言の内容を相続人に隠しておくこともできます。一方、デメリットとしては、遺言は定められた方式に基づいて作成する必要があります。方式に不備があると、遺言が無効となる可能性があります。
また、遺言者が自分で遺言書を保管している場合、遺言書を紛失したり、遺言書が発見されないまま、遺産分割が行われてしまうおそれもあります。遺言の内容に不満のある相続人が、遺言者の死後、遺言書を隠したり、偽造したり、内容を改変したりするおそれもあります。
せっかく遺言を作成したのに、遺言者の亡くなった後、自分の意思が尊重されないまま、相続が行われると本当に悔いが残りますよね。こういうデメリットが生じないようにしたいとはだれでも考えると思います。
それでは、どうにかして防ぐことができないか。そこで、こういった自筆証書遺言のデメリットをできるだけ防ぐことのできる方式として、公正証書遺言というものがあります。
今回は、この公正証書遺言についてお話します。
1 公正証書遺言とは
公正証書遺言というと、何やら難しいもののようなイメージがあるかもしれません。でも、そんなに難しいものではありません。丁寧に説明していきますから、気軽に読んでみてください。
1-1 公正証書遺言は公証人が作成する
公正証書遺言とは、公証役場で公証人が作成する遺言のことです。
自筆証書遺言は、遺言者が自分でつくりましたが、公正証書遺言は、遺言者が公証人に内容を伝えて、公証人が作ります。
ここで、えっ、公証人ってなに?、公証役場ってなに?そう思われる方もいるかもしれませんね。
確かに一般にはあまりなじみがないですよね。会社の仕事の関係で契約書の作成などで利用することはあると思いますが、日常生活では利用することはほとんどないのではないかと思います。ですので、まず、公証役場、公証人について簡単に説明しますね。
公証役場で公証人が作成する遺言のこと
1-2 公証人は公務員、公証役場は役所みないなもの
公証人は、原則30年以上の実務経験のある法律実務家の中から、法務大臣が任命する公務員です。
公証役場は、公証人が働いているところです。全国で300か所くらいあり、合計550名くらいの公証人が働いています。よく公証役場を市役所や町役場の一部と誤解している方がいますが、全く関係ありません。法務省所属の役所になっています。
公証人に任命される法律実務家とは、裁判官、検事、弁護士、法務局長などの経験者のことです。いわば、法律のプロ、しかもそうとうのベテランの方が任命されています。
法律に関しては経験も権威もある方たちばかりで、依頼される方にとっては安心感があるといえるでしょう。
公正証書は、公証人が法律に従って作成する公文書です。
公証人が作成する公文書
2 公正証書遺言の特徴
こういった法律のプロに作成してもらえるのが公正証書遺言です。
それだけでも安心感がありますが、具体的にはどのような特徴があるのでしょうか。いくつか代表的なものを挙げておきますね。
2-1 公証人が作成してくれる
まず、自筆証書遺言は自分で書くことが原則でしたね。
ただ、様々な事情により、自分で遺言を書くことのできない方もいます。そういった方の場合、誰かが遺言を書いてくれる方法がないと困ってしまいます。
公正証書遺言は、公証人に内容を伝えて、公証人が遺言を作成してくれます。
事情があって、自分で遺言を書くことができない方にとっては、公正証書遺言は不可欠なものですね。
また、自筆証書遺言は遺言者が自分で書きますから、方式に不備があって後で無効となったり、内容に誤りや不明な点があって後で相続人間で争いが生じるということになるおそれもあります。
これに対し、公正証書遺言の場合、だれにどの遺産を承継させるかといった遺言の内容は遺言者が考えますが、それを文書にするのは公証人です。法律実務家として、方式に不備がなく、かつ不明な点のない遺言を作成してもらえるのは安心です。
2-2 公証役場に保管してもらえる
公正証書遺言は、原本が公証役場に保管されます。
前回の記事で、自筆証書遺言を法務局に保管することができるようになるというお話をしましたよね。ただ、あれは遺言者が法務局に申請をする必要がありました。つまり、保管するかどうかは遺言者の任意なんですよね。
一方、こちらの公正証書遺言は、必ず原本が公証役場に保管されます。原本とは、文字通り遺言公正証書そのものです。それが、作成と同時にもれなく保管されます。
こうなると、悪いことを考えている人が、遺言を破棄したり、改ざんしたりすることはできなくなりますよね。
2-3 検認手続きが不要
公正証書遺言は、遺言の検認手続きが不要です。
前回の記事で、自筆証書遺言では家庭裁判所の検認手続きが必要というお話をしました。検認手続きをしないまま、遺産分割はできません。
遺言書が封印されている場合、検認手続きを行わないで開封してしまうと、5万円以下の過料という処分が科せられる可能性もあります。
ですので、自筆証書遺言で検認手続きをしないという選択肢はありません。
とはいえ、検認手続きについては、次回の記事で詳しい内容をお話ししようと思っているのですが、実は結構面倒なんですよ。しかも、裁判所に手数料を支払う必要もあります。
これに対して、公正証書遺言では、遺言の検認手続きが不要なんです。
公正証書遺言は、公証人という法務大臣から任命された公証人が作成するものです。また、後でお話ししますが、公正証書遺言は、2名以上の証人の立ち合いが必要になります。
つまり、公正証書遺言は信用性が高いということで、検認手続きが不要とされているんですね。
確かに、遺言者にとっては、亡くなった後のことで、直接関係ないといえばそうですが...それでも、残された相続人の手間は少なくしておいた方がよいですよね。
だから、この検認手続きが不要というのは、公正証書遺言の大きなメリットだと思います。
2-4 遺言の存在の調査が可能
自筆証書遺言は法務局に保管しない限り、自分で保管することになります。遺言者の死後、相続人に遺言書を見つけてもらえず、遺言がないものとして、法定相続分に基づいて遺産分割が行われてしまうおそれもあります。
こうなってしまうと、遺言者としては非常に悔いが残ると思います。
公正証書遺言の場合、昭和64年1月1日以降に作成されたものについては、公証役場の遺言検索システムに登録されています。法定相続人をはじめとした利害関係人であれば、全国どこの公証役場でも被相続人の遺言の有無を調べることができます。
なお、被相続人の生前は本人しか検索することはできませんから、生前に遺言の内容が相続人に知られてしまうということは防げますね。
2-5 手間やお金がかかる
これだけ見ると、公正証書遺言はいいことばかりで、自筆証書遺言を選択する理由はないような気がします。しかし、これだけのメリットを得るためには、やはり一定の手間やお金がかかります。
まず、公正証書遺言を作成するためには、公証人と何度か打ち合わせをしないといけません。事情があって、公証役場まで行くことができない場合は、公証人が自宅まで出張してくれるサービスもありますが、別途旅費、日当などかかりますし、動ける場合は基本的には公証役場に出向くことになると思います。
また、公正証書遺言を作成する場合は、2名以上に証人に来てもらう必要があります。証人となるべき人がいない場合は、有料で公証人に手配してもらうこともできますが、まずは自分で証人を探すということになります。
さらに、公証人に公正証書遺言の作成を依頼すると手数料がかかります。公証役場は、法務省所属の役所ではありますが、手数料収入で運営されています。ですので有料となります。
ただ、その手数料は、政府が定めた公証人手数料令という政令で決められていますから安心です。公正証書遺言の手数料は遺産の金額に応じて決められています。
2-6 それでもメリットが大きい
このように、公正証書遺言には自筆証書遺言と比べて大きなメリットがあります。
たしかに、一定の手間やお金はかかります。
でも、それも確実な遺言を作成するための必要経費と考えることもできます。
そう考えれば、やはり、自筆証書遺言に比べれは、公正証書遺言を作成したほうが、メリットは大きいと思います。
3 公正証書遺言の作成方法
それでは、公正証書遺言の作成の流れについて説明していきましょう。
法律に定められた大まかな流れは以下のとおりとなります。
- 遺言者が公証人に遺言内容を口授します
- 公証人が遺言者の口授に基づいて遺言の案を作成します
- 公証人が遺言者・証人に読み聞かせるか閲覧させます
- 遺言者と証人の遺言の承認・署名・捺印
- 公証人の付記・署名・押印
3-1 遺言者が公証人に遺言内容を口授する
公正証書遺言は、遺言者が公証人に遺言内容を口授(くじゅ)して、公証人が遺言内容を文書にまとめて作成します。
口授という聞きなれない言葉が出てきましたね。口授とは、直接口頭で伝えることと理解してもらえれば大丈夫です。
要するに、公正証書遺言は、遺言者が公証人に遺言内容を話して作成するんですね。遺言自体は、遺言者から聞き取った内容に基づいて、法律実務家である公証人が作成します。
ですので、方式に不備がなく、内容にも不明な点がない、後々のトラブルを防止する確かな内容の遺言を作成されることが期待されるんですね。
ここが公正証書遺言の一番のメリットだと思います。
あくまでも法律の要件としては上記の方式なのですが、実務上では、もっと効率的に遺言が作成されることもあります。
例えば、遺言者があらかじめ下書きやメモを作成しておいて、公証人はその下書きやメモを受け取って、その内容に基づいて遺言書の案を作成します。
その後、公証人は、遺言者から直接口頭で遺言内容の説明を受け、作成した遺言書の案が遺言内容と一致していることを確認して、読み聞かせをします。公証人が遺言書の案を作成したのち、先に遺言者に対して読み聞かせをした後、遺言者から間違いありませんという承認の形で口授するパターンもあります。
裁判では、作業の順序が前後しても、全体として法律に定めた方式がひとつひとつ行われているのであれば、遺言は有効としています。
また、口授についても、遺言に記載する内容について、一字一句漏らさずすべて直接話をしないといけないとすれば、時間もかかりますし、遺言者の負担も大きいです。
そこで、例えば、不動産の所在地、銀行預金の口座番号など、遺産の内容を特定できる範囲で口授すればよく、細かいことについては、書面に記載しておけばよいとされています。
いずれにせよ、遺言者が公証人に遺言内容を口授して、公証人が口授に基づいて遺言を作成して、それを遺言者に読み聞かせるというプロセスが順序はともかく行われていることが必要ということです。
遺言者が公証人に遺言内容を直接話して伝えること
3-2 証人2名以上の立ち合いが必要
公正証書遺言を作成する場合、2名以上の承認の立ち合いが必要です。公正証書遺言が、問題なくきちっと作成されたかを確認するためです。
証人には、次の3点の確認が求められます。
- 遺言者が本人であること
- 遺言者が自分の意思に基づいて公証人に口授していること
- 公証人の作成した遺言が、遺言者の遺言内容を正確に反映したものであること
つまり、証人は、公証人が遺言を作成するすべての過程で立ち会う必要あるということになりますね。
しかも、証人は同じ部屋にいればよいというわけではありません。
遺言者が口授するときは、近くで遺言者の話を聞いていないといけませんし、公証人の作成した遺言の案についても遺言者の口授どおりの内容になっていることを確認しないといけません。遺言者と公証人から離れたところでぼーっとしているだけでは、後々公正証書遺言が無効ということにもなりかねません。その上で、証人には遺言書に署名捺印が求められますから、思っているよりも責任は大きいですよね。
証人は、遺言者がだれか連れてくることが原則です。
でも、だれでも証人になれるわけではありません。
繰り返しますが、証人の立ち合いが求められるのは、公正証書遺言が問題なくきちっと作成されたかを確認するためです。能力に欠けている人、遺言者や公証人と利害関係のある人では、中立・公正な立場から確認することはできませんよね。
そこで次の人は証人になれません。
②推定相続人、受遺者、それらの配偶者と直系血族
③公証人の配偶者、4親等内の親族、書記および使用人
※推定相続人:遺言者の死後、法定相続人となる人
※受遺者:遺言において遺贈することとしている相手方
証人には遺言の内容を聞かれてしまいます。ですので、証人には秘密を守れる信用できる人を選ぶ必要があります。
そういう人が見当たらないという場合は、手数料がかかりますが公証人が証人を手配してくれます。証人がいない場合は公証人に相談してみましょう。
3-3 耳が不自由な方などにも配慮されている
これまでお話したように、公正証書遺言では、遺言者の口授、公証人の読み聞かせといった手続きがありましたね。
そうすると、耳の聞こえない方、何らかの理由で会話のできない方は、公正証書遺言をつくることはできないのでしょうか。
そんなことはありません。
耳の聞こえない方、何らかの理由で会話のできない方は、手話などの通訳人の通訳でやりとりすることができます。また、筆談して、口授に代えることもできます。さらに、公証人は、作成した遺言書案を、遺言者・証人に読み聞かせる代わりに、書面を閲覧することもできます。
遺言者が何らかの理由で遺言書に署名することができない場合は、公証人がその旨を遺言書に付記して、署名に代えることもできます。
4 用意したほうがよい書類
以下に公証人から提出を求められることの多い書類を挙げておきます。あらかじめ準備しておけば、手続きもスムーズに進むと思います。
4-1 遺言者本人の印鑑登録証明書
公証人が遺言者の本人確認をするために用いることがあります。
実印と一緒に用意しておくとよいでしょう。
印鑑登録をしていない場合、運転免許証で確認することが多いと思います。
4-2 遺言者と相続人との関係がわかる戸籍謄本
相続人を確認したり、相続人の遺留分を侵害していないかをチェックするために用いることがあります。
4-3 受遺者の住民票
相続人以外の人に遺産を遺贈する場合には、遺言書でもどこのだれかを住所などで特定する必要がありますよね。
氏名だけだと同姓同名の人が複数いる可能性もありますからね。
そこで、相続人以外の人に遺産を遺贈する場合には、受遺者の特定のために用いることがあります。
4-4 不動産の登記簿謄本、固定資産評価証明書
遺産に不動産が含まれる場合には必要です。
遺言に記載された土地の地番や建物の家屋番号が間違っていた場合などは、遺言の内容が実現できなくなってしまう可能性があります。ですので、不動産の登記簿謄本での確認が必要となります。
また、建物については不動産の登記をしていない場合もありますし、土地についても、以前の所有者から名義の変更をしていない場合もあります。
そこで、固定資産評価証明書で確認することが必要となる場合もあります。
5 まとめ
今回は公正証書遺言について説明しました。
公正証書遺言には主に次のようなメリットがあります。
- 公証人が作成してくれるため、方式に不備があったり、内容に誤りや不明な点が生じたりする可能性が極めて小さい
- 遺言を公証役場に保管してもらえるので、紛失したり、発見されなかったり、改ざんされたり、隠されるなどのおそれがない
- 自筆証書遺言で必要となる家庭裁判所での検認手続きが不要
- 公証役場の検索システムで遺言の検索が可能
たしかに、一定の手間やお金はかかります。でも、これだけしっかりとした遺言だからこそ手間やお金がかかると思います。
そう考えれば、やはり自筆証書遺言よりも公正証書遺言をのほうがメリットは大きいと思います。
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