配偶者居住権を取得したら、登記をできるだけ早く完了させることが重要です。
例えば、次のケースでは、被相続人の配偶者(生存配偶者)は、建物を取得した第三者に配偶者居住権を主張できません。第三者が所有権の登記をする前に、配偶者居住権の登記を完了させていなかったからです。
最悪の場合、長年住み慣れた家を追い出されてしまう可能性もあります。配偶者居住権を主張するには、第三者が所有権の登記をする前に、配偶者居住権の登記を完了させることが必要なのです。
今回は、配偶者居住権の登記について説明します。配偶者居住権全般については次の記事を参考にしてください。
もくじ
1 不動産登記の目的は権利関係を明らかにすること
そもそも登記というものがよく分からない方もいると思います。まずは、登記について簡単に説明します。
1-1 不動産登記の目的
登記には不動産登記、商業登記、法人登記、成年後見登記など様々なものがあります。配偶者居住権は、建物についての権利ですから、不動産登記に含まれます。
不動産取引では、大きな金額が動きます。買おうとしている不動産が本当に売主のものか分からなかったら、安心して売買などできません。
そこで、不動産登記では、土地・建物の概要(所在・面積・構造・階数など)とともに、権利関係(所有者・抵当権者の住所・氏名など)が記録され、一般に公開されています。これによって、不動産取引の安全を確保するのです。
登記記録(登記簿)は、データで保存されています。全国各地の法務局(登記所)で、だれでも登記事項証明書(登記事項を証明した書面)の交付を受けることができます。
1-2 配偶者居住権の登記内容
不動産登記に何を記載するのかについては、不動産登記法に定められています。配偶者居住権についても不動産登記に登記することとされています(不動産登記法3条9号)。
不動産登記法3条(登記することができる権利等)
登記は、不動産の表示又は不動産についての次に掲げる権利の保存等(保存、設定、移転、変更、処分の制限又は消滅をいう。次条第2項及び第105条第1号において同じ。)についてする。
一 所有権
二 地上権
三 永小作権
四 地役権
五 先取特権
六 質権
七 抵当権
八 賃借権
九 配偶者居住権
十 採石権
配偶者居住権の登記内容は、不動産登記法59条に定められた一般的な事項(登記原因・日付・住所・氏名など)のほか、次のことを登記することとされています(不動産登記法81条の2)。
不動産登記法81条の2(配偶者居住権の登記の登記事項)
配偶者居住権の登記の登記事項は、第59条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
一 存続期間
二 第三者に居住建物(民法第1028条第1項に規定する居住建物をいう。)の使用又は収益をさせることを許す旨の定めがあるときは、その定め
2 配偶者居住権を主張するには、第三者より先に登記することが必要
2-1 「対抗することができる」の意味
冒頭のケースで、妻Bは、Xから建物の明渡しを要求されていますが、拒否できるでしょうか。
Xは、売買契約の際、子Cから妻Bの配偶者居住権の話は聞かされていません。配偶者居住権の設定されていない、まっさらな建物を取得した認識です。Xとしては、妻Bが配偶者居住権を主張して家に住み続けることは、「冗談じゃない!」ということになるでしょう。
配偶者居住権を登記すると、生存配偶者の居住建物について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができます(民法1031条2項、605条)。
民法1031条(配偶者居住権の登記等)
2 第605条の規定は配偶者居住権について、第605条の4の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。民法605条(不動産賃貸借の対抗力)
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。
ここで、対抗することができるというのは、配偶者居住権の登記をしておけば、配偶者居住権と相反する権利に対して、配偶者居住権が優先すると主張できるという意味です。
冒頭のケースでいえば、Xからの建物の明渡しの要求を拒否できるということになります。
しかし、とても重要な点があります。それは、単に配偶者居住権の登記をすればよいわけではないということです。
妻Bが、Xからの建物の明渡しの要求を拒否できるためには、
Xの所有権移転の登記よりも先に、妻Bの配偶者居住権の登記をする
ことが必要となります。
つまり、単に登記をするのではなく、相反する権利よりも先に登記する必要があります。別の言い方をすれば、相反する権利がある場合、登記の早い方が勝つのです。
冒頭のケースでは、Xの所有権移転の登記が先にされてしまっています。そのため、妻Bは、Xからの居住建物の明渡しの請求を拒否できません。
2-2 「建物について物件を取得した者その他の第三者」の意味
配偶者居住権の登記がある場合、対抗できる(配偶者居住権を主張できる)不動産について物権を取得した者その他の第三者は、次のものが考えられます。冒頭のケースは①に該当します。
- 配偶者居住権が設定されている建物の所有権を譲り受けた者
- 配偶者居住権が設定されている建物の抵当権の設定を受けた者
- 配偶者居住権が設定されている建物を差し押さえた債権者
ポイントは、配偶者居住権は建物に設定される権利のため、対抗ができるのは建物について権利を取得した者に限られるということです。建物の建つ土地の権利を取得した者には、配偶者居住権を対抗することができません。
3 配偶者居住権の登記は共同申請が原則
3-1 居住建物所有権の設定登記は共同申請が原則
権利に関する登記の申請は、登記権利者及び登記義務者が共同で行うのが原則です(不動産登記法60条)。
配偶者居住権も同様ですから、配偶者居住権を設定する登記の申請についても、生存配偶者と居住建物の所有者が共同で行うことになります。
そのため、居住建物の所有者には、生存配偶者に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負わされています(民法1031条1項)。反対に言えば、生存配偶者は、居住建物の所有者に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えるよう請求できます。
不動産登記法60条(共同申請)
権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。民法1031条1項(配偶者居住権の登記等)
居住建物の所有者は、配偶者(配偶者居住権を取得した配偶者に限る。以下この節において同じ。)に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う。
3-2 判決が確定した場合は単独で登記申請ができる
配偶者居住権の設定登記は共同申請が原則ですが、登記に協力しない居住建物の所有者に対し、登記手続義務の履行を求める訴訟を提起し、登記手続をすべきことを命ずる判決が確定した場合は、配偶者は単独で登記申請できます(不動産登記法63条)。
遺産分割調停が成立し、審判が確定した場合も、配偶者は単独で登記申請できます(家事事件手続法75条、196条、民事執行法174条1項)。
この辺りの条文は入り組んでいていますが、居住建物の所有者が登記手続義務を履行する旨の判決・審判・調停があった場合、配偶者は、単独で登記申請できるということになります。
不動産登記法63条1項(判決による登記等)
第60条、第65条又は第89条第1項(同条第2項(第95条第2項において準用する場合を含む。)及び第95条第2項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、これらの規定により申請を共同してしなければならない者の一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決による登記は、当該申請を共同してしなければならない者の他方が単独で申請することができる。
4 配偶者居住権に基づく妨害停止請求・返還請求ができる
生存配偶者は、配偶者居住権の登記をした場合は、生存配偶者の占有を妨害したり、居住建物を不法に占有している第三者に対して、妨害停止請求・返還請求をすることができます(民法1031条2項、605条の4)。
民法1031条1項2項(配偶者居住権の登記等)
第605条の規定は配偶者居住権について、第605条の4の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。民法605条の4(不動産の賃借人による妨害の停止の請求等)
不動産の賃借人は、第605条の2第1項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。
一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求
二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求
夫Aと妻Bは、夫Aの所有する家に長年住んでいました。夫Aが亡くなりました。相続人は妻Bと子Cです。妻Bは家の配偶者居住権を取得し、子Cが家の所有権を取得しました。
妻Bは、これで家に住み続けらると安心したのも束の間、お金に困った子Cは、妻Bに黙ってXに家を売却し、Xへ所有権移転登記がされました。Xは、売買契約の際、子Cから妻Bの配偶者居住権の話は聞かされていませんでした。妻Bは、Xの所有権移転登記に遅れて配偶者居住権の登記をしました。
Xは、妻Cに建物の明渡しを要求しました。