遺言書があっても、相続トラブルは起きる
「遺言書を書いておけば、相続で揉めることはない」
そう考えている方は少なくありません。
たしかに、
遺言書は相続において重要な役割を果たします。
しかし、実務上は、
遺言書があるにもかかわらず、相続トラブルに発展するケース
も一定数存在します。
その多くは、
遺言の内容が法律的に間違っているから、
というよりも、
遺言の受け止め方にズレが生じていること
が原因になっています。
相続人ごとに「温度差」があるという現実
相続についての受け止め方は、
相続人ごとに大きく異なることがあります。
実務では、
この違いを
「相続人間に温度差がある」
と表現することもあります。
ここでいう温度差とは、
仲が悪い、対立している、
という意味ではありません。
相続について、どれだけ具体的に考えているか、
どれだけ切実に受け止めているかの差
を指しています。
たとえば、
- 親の介護や財産のことを、以前から現実的に考えていた人
- 「まだ元気だから」と、相続をあまり意識していなかった人
- 自分なりに、親の気持ちを想像しながら考えてきた人
このように、
同じ家族であっても、
相続に対する問題意識の深さは揃っていない
ことが多いのです。
温度差は、遺言が示されたときに表に出る
こうした温度差は、
日常生活の中では、
ほとんど意識されないこともあります。
しかし、
遺言書という形で
具体的な結論が示されたときに、
はじめて表に出てきます。
- 「そういう考え方もある」と受け止める人
- 「なぜ自分だけがこうなるのか」と疑問を持つ人
- 「親の本当の気持ちは違ったのではないか」と感じる人
遺言の内容そのもの以上に、
その受け止め方の違いが、
後のトラブルにつながることがあります。
「気持ちは分かる遺言」が、火種になることもある
実務で見ていると、
相続トラブルに発展する遺言の中には、
「書いた人の気持ちは理解できる」
という内容のものも少なくありません。
たとえば、
- 同居して世話をしてきた子に多く残す
- 生活が安定している子には少なめにする
といった判断は、
決して不自然なものではありません。
しかし、
その判断の背景や考え方が十分に共有されていない場合、
遺言がきっかけとなって、
感情的な不満や不信が生じてしまうことがあります。
遺言書は「書けば終わり」ではない
遺言書は、
相続トラブルを防ぐための有効な手段です。
ただし、
どのような内容で、
それがどのように受け止められるか
を意識しなければ、
必ずしも望んだ結果につながるとは限りません。
遺言書作成を考える際には、
「遺言があれば大丈夫」と考えるのではなく、
遺言によって、どのような反応が生じる可能性があるか
という視点を持つことが重要です。
遺言書を作成すべき典型的なケース
遺言書は、
すべての人に必ず必要というわけではありません。
ただし、実務上、
遺言書を作成しておかないと、
後に相続トラブルへ発展しやすいケース
というものは、ある程度共通しています。
以下は、
遺言書の作成を特に検討すべき、
代表的な場面です。
再婚や、前婚の子がいる場合
再婚している場合や、
前婚の子と現在の配偶者がいる場合には、
相続関係が複雑になりやすくなります。
- 配偶者と子との取り分の考え方
- 前婚の子と後婚の配偶者との関係
こうした点について、
当事者それぞれの前提が異なっている
ことも少なくありません。
遺言がないまま相続が始まると、
「当然こうなるはずだ」と思っていた内容と、
実際の法的な結論との間にズレが生じ、
対立のきっかけになることがあります。
不動産が主な財産になっている場合
遺産の大部分が不動産である場合、
分け方そのものが問題になりやすくなります。
- 誰が取得するのか
- 売却するのか
- 共有にするのか
これらについて、
事前に方向性が示されていないと、
話し合いが難航することがあります。
不動産は、
金銭のように単純に分けられないため、
遺言による整理が特に重要になる財産
といえます。
相続人間で、相続に対する考え方に差がある場合
相続人の中に、
相続について真剣に考えている人と、
あまり意識していない人が混在している場合には、
温度差が生じやすくなります。
このような状態では、
相続が始まったときに、
話し合いの前提が揃わず、
小さな違和感が大きな不満に発展することがあります。
遺言書によって、
一定の方向性を示しておくことで、
こうしたズレを小さくできる場合もあります。
特定の相続人に配慮したい事情がある場合
- 同居して長年世話をしてきた人がいる
- 生活状況に大きな差がある
- 事業や家業を引き継ぐ人がいる
このような事情がある場合、
法定相続分どおりに分けることが、
必ずしも本人の意向に沿うとは限りません。
ただし、
配慮したい気持ちがあるからこそ、
その理由や考え方を、
どのように形にするか
が重要になります。
「何となく不安」を感じている場合
はっきりした理由はないものの、
「このままで大丈夫だろうか」
と感じている方もいます。
実務上、
こうした感覚は、
後から振り返ると、
トラブルの芽であったというケースもあります。
明確な問題がなくても、
一度整理しておくことで、
将来の不安を減らせることがあります。
遺言書の内容次第で、遺留分や調停に発展することがある
遺言書は、
相続についての考え方を明確に示す手段です。
ただし、
遺言書を書いたからといって、
必ず相続トラブルを防げるとは限りません。
実務上は、
遺言の内容次第で、
遺留分侵害額請求や、
遺産分割調停・審判に発展するケースもあります。
偏りのある遺言は、遺留分の問題を生じやすい
特定の相続人に、
大部分の財産を相続させる内容の遺言は、
書いた側の意向が明確である一方で、
遺留分の問題を生じやすい
という側面があります。
遺留分は、
一定の相続人に保障された、
最低限の取り分です。
そのため、
遺言によってこの遺留分が侵害されている場合には、
遺留分侵害額請求がなされる可能性があります。
「想定していなかった請求」が起きることもある
遺言を書いた方の中には、
「そこまで揉めるとは思っていなかった」
と感じる方も少なくありません。
しかし、
遺言の内容が偏っている場合、
残された相続人が、
自分の取り分について、
初めて具体的に考えるきっかけ
になることがあります。
その結果、
遺留分侵害額請求が提起され、
話し合いでは解決できず、
調停や訴訟に進むこともあります。
遺言があっても、話し合いが必要になる場面
遺言書があっても、
すべての点が明確に整理されているとは限りません。
- 財産の評価をどう考えるか
- 生前贈与をどう扱うか
- 支払方法や時期をどうするか
こうした点について、
相続人の間で意見が分かれた場合、
話し合いが必要になります。
実務上は、
この話し合いがまとまらず、
調停や審判に進むケースも見受けられます。
「揉めない遺言」を考える視点が重要
遺言書作成において重要なのは、
法律的に有効な遺言を書くことだけではありません。
- その内容が、どのように受け止められるか
- どの点が争点になりそうか
- 遺留分や調停につながる可能性はないか
こうした点を意識することで、
相続トラブルに発展するリスクを下げる
ことができます。
遺言書は、
相続の「出発点」になります。
その出発点をどう設計するかが、
後の相続手続全体に大きく影響します。
遺言書の内容によっては、
相続開始後に、
遺留分侵害額請求や、
遺産分割調停・審判に発展することもあります。
実際に、どのような点が争点になり、
裁判所ではどのように判断されるのかについては、
別ページで詳しく解説しています。
▶︎ 遺留分侵害額請求では何が争点になるのか
▶︎ 遺産分割調停・審判では何が基準になるのか
遺言書作成で、実務上とくに注意すべきポイント
遺言書を作成する際、
形式や文言ばかりに目が向いてしまうことがあります。
もちろん、
法律的に有効な形で作成することは前提ですが、
実務上は、
それ以前に整理しておくべきポイント
がいくつかあります。
財産の全体像を把握しないまま書かない
遺言書を作成する段階で、
自分がどのような財産を持っているのかを、
正確に把握していないケースも少なくありません。
- 不動産がどれくらいあるのか
- 預貯金や有価証券の状況
- 生前に贈与したものがあるか
これらを整理しないまま遺言を書くと、
想定していなかった偏り
が生じることがあります。
結果として、
遺留分の問題や、
相続人間の不満につながることもあります。
不動産の扱いは、特に慎重に考える必要がある
不動産を含む遺言では、
「誰に取得させるか」だけでなく、
その後の影響も考える必要があります。
- 他の相続人とのバランスはどうか
- 金銭での調整は可能か
- 共有にした場合、将来どうなるか
不動産は分けにくい財産であるため、
遺言の内容次第で、
後の話し合いが難しくなる
ことがあります。
生前贈与との関係を意識しておく
遺言書の内容を考える際には、
過去の生前贈与との関係も重要です。
- すでに特定の相続人に財産を渡している
- 援助のつもりで行った支出がある
こうした点を考慮せずに遺言を書くと、
後から、
「なぜそれが考慮されていないのか」
という不満が生じることがあります。
生前贈与は、
遺留分や遺産分割の場面で、
争点になりやすい要素でもあります。
曖昧な表現は、解釈のズレを生む
遺言書の文言が曖昧な場合、
相続人ごとに解釈が分かれることがあります。
- どこまでを対象にしているのか
- 誰に、どの範囲を渡すのか
こうした点が不明確だと、
遺言があるにもかかわらず、
話し合いや調停が必要になることもあります。
遺言書では、
後から読み返した第三者にも、
同じ意味に受け取られるか
という視点が重要です。
「気持ち」だけでなく、「結果」を想像する
遺言書には、
書いた方の気持ちが込められていることが多くあります。
ただし、
その気持ちが、
どのような形で相続人に伝わり、
どのような結果につながるかまで、
想像しておく必要があります。
- この内容で、不満は出ないか
- 話し合いが必要になる点はないか
- 遺留分の問題に発展しないか
こうした視点を持つことで、
遺言書の内容は大きく変わります。
「自分で書く遺言」と「専門家が関与する遺言」の違い
遺言書は、
自分で作成することも可能です。
実際、
「まずは自分で書いてみよう」
と考える方も少なくありません。
ただし、
実務上は、
自分で書いた遺言と、
専門家が関与して作成された遺言とでは、
結果に違いが出ることがあります。
違いは「形式」よりも「整理の中身」
遺言書というと、
自筆証書か公正証書か、
という点に目が向きがちです。
もちろん形式は重要ですが、
それ以上に差が出るのは、
作成前に、どこまで整理されているか
という点です。
- 財産の全体像が整理されているか
- 相続人それぞれの立場が考慮されているか
- 将来、争点になりそうな点が意識されているか
この整理の有無が、
遺言の「効き方」に影響します。
自分で書く遺言で起きやすいこと
自分で遺言を書く場合、
どうしても、
書いた方の視点に寄った内容になりやすくなります。
- 「自分としては公平だと思っている」
- 「この内容なら理解してもらえるはずだ」
こうした前提が、
相続人全員に共有されているとは限りません。
その結果、
遺言が示されたあとで、
初めて不満や疑問が表面化することがあります。
専門家が関与する場合に整理されやすい点
専門家が関与する場合、
遺言の文言を整えるだけでなく、
その前提となる事情が整理されることが多くあります。
- 遺留分の問題が生じないか
- 生前贈与との関係はどうか
- 調停や審判に発展する可能性はないか
こうした点を踏まえたうえで、
遺言の内容を検討することで、
後のトラブルを防げる場合もあります。
「頼むかどうか」ではなく「何が整理されるか」
遺言書作成において重要なのは、
誰が作成するか、
という点そのものではありません。
どこまで状況が整理され、
将来の問題が見通されているか
が、結果に影響します。
自分で書く場合であっても、
この視点を持つことができれば、
遺言の内容は大きく変わります。
遺言書作成を考えている方へ―早い段階で整理しておくべきこと―
遺言書は、
将来の相続について、
自分の考えを形にするための大切な手段です。
一方で、
書き方やタイミングによっては、
かえって相続トラブルのきっかけになる
こともあります。
そのため、
遺言書を作成する前に、
いくつかの点を整理しておくことが重要です。
まず整理しておきたい基本的なポイント
遺言書作成を考える際には、
次の点を一度立ち止まって確認してみてください。
- 自分の財産の全体像は把握できているか
- 相続人は誰で、どのような立場にあるか
- 相続人ごとに、受け止め方の違いはないか
- 遺留分の問題が生じる可能性はないか
これらを整理するだけでも、
遺言の内容や方向性が、
大きく変わることがあります。
すべてを一度に決める必要はない
遺言書作成というと、
「すぐに内容を決めなければならない」
と感じてしまう方もいます。
しかし、
重要なのは、
考えるための材料をそろえることです。
- どこが揉めそうか
- どこは明確にしておくべきか
こうした点を整理したうえで、
少し時間をかけて考える、
という選択もあります。
「揉めない遺言」を目指すという視点
遺言書は、
法律的に有効であれば足りる、
というものではありません。
- 相続人が、どう受け止めるか
- 話し合いが必要になりそうな点はないか
- 将来、調停や審判に発展する余地はないか
こうした点を意識することで、
相続トラブルのリスクを下げることができます。
遺言書作成は、
単に書面を作る作業ではなく、
将来を見据えて整理する作業
といえるでしょう。
一度、状況を整理してみるという選択
遺言書を作成するかどうか、
どのような内容にするかは、
人それぞれ異なります。
無理に結論を急ぐ必要はありませんが、
一度、自分の状況を整理してみること
には、大きな意味があります。
それによって、
今すぐ遺言を書くべきか、
もう少し時間をかけるべきか、
判断しやすくなることもあります。
遺言書を作成するかどうか迷っている段階の方は、
判断の考え方を整理した次の記事も参考になります。
また、遺言を書かなかった判断が、
どのような場面で問題になりやすいかについては、
次の記事で具体的に整理しています。