ショッピングモール運営会社です。新たに建設する施設の区画をテナントに賃貸することを検討しています。区画はパーテーションで仕切り、シャッターを設置する予定です。テナントとの賃貸借契約について、できるだけ借地借家法の適用は避けたいと考えていますが、契約締結にあたりどのような点に注意すればよいでしょうか。
不動産実務において、賃貸借契約の当事者が最も注意を払うべき法律の一つが借地借家法です。
特に、同法第3章の「借家」に関する規定は、賃借人保護の観点から強行法規として定められており、その適用の有無は契約当事者の権利義務関係を大きく左右します。
近年、商業施設の多様化や新しい事業形態の出現に伴い、従来の「建物」の概念では捉えきれない形態の賃貸借が増加しています。
例えば、商業施設内のテナントスペース、仮設店舗、パーテーションによる区画など、様々な形態が登場し、それぞれの場面で借地借家法の適用の有無が問題となっています。
このような状況下で、裁判所は借地借家法にいう「建物」の該当性について、様々な判断を示してきました。
例えば、デパート内の売場については借家法の適用を否定する一方で(仙台高裁昭和28年2月17日判決)、市民病院内の売店については借地借家法の適用を認めるなど(神戸地裁令和元7月12日判決)、事案に応じて異なる判断がされています。
実務上は、ある施設や区画が借地借家法上の「建物」に該当するか否かによって、契約の更新や解約、賃料増減額請求権の行使など、様々な場面で大きな違いが生じます。
特に、賃貸人としては、自己の所有する施設や区画が借地借家法の適用を受けるか否かを事前に見極めておく必要があります。
本記事では、借地借家法にいう「建物」の該当性について、裁判例の分析を通じて実務的な観点から解説します。
特に、物理的要素(区画の態様、定着性、規模など)と機能的要素(独立的支配可能性、営業上の独立性など)の両面から、具体的な判断基準を明らかにしていきます。
そして、これらの分析を通じて、不動産オーナーや不動産業者が実務上留意すべきポイントを具体的に示すことで、今後の契約実務における指針を提供したいと思います。
借地借家法第3章における「建物」とは
借地借家法にいう「建物」の意義
借地借家法第3章「借家」の規定は、建物の賃貸借一般に適用されるものです。
そして、ここでいう「建物」は、構造上・経済上・利用上独立していなければならないと考えられています。
この建物は、種類・構造・用途などを問いません。
高架下の倉庫も建物として解される(大審院昭和12年5月4日判決)など、幅広い解釈がなされています。
借地借家法にいう「建物」ついて理解する上で、まず重要となるのが、最高裁平成4年2月6日判決です。
この判決では、鉄道高架下の施設の一部分について、「土地に定着し、周壁を有し、道高架を屋根としており、永続して営業の用に供することが可能なものである」ことから、借家法(借地借家法)にいう「建物」にあたると判断されました。
この判決から、借地借家法にいう「建物」は、次のとおりに意味するものと理解することができます。
土地に定着し、周壁・屋根を有し、住居・営業・物の貯蔵等の用に供することができる永続性のある建造物
また、建物の賃貸借では、建物の全部を賃借するだけでなく、その一部を賃借することもあります。
この点について判断を示したのが、最高裁昭和42年6月2日判決です。
この判決では、建物の一部について「障壁その他によって他の部分と区画され、独占的・排他的支配が可能な構造・規模を有するもの」であれば、借家法(借地借家法)の適用対象となると判示されました。
これらの判決は、借地借家法にいう「建物」の該当性を判断する上で、重要な基準となるものと考えられます。
「独立的・排他的支配」とは難しい用語ですが、「独立的」とは、「その場所を自分の判断で自由に使える」「他人の許可を得なくても使用できる」「使用方法を自分で決められる」、「排他的」とは、「他人を締め出すことができる」「鍵を掛けて管理できる」「賃貸人でも自由に立ち入ることができない」といったことを意味します。
建築基準法や民法との関係
一方で、借地借家法にいう「建物」と、建築基準法上の「建築物」や民法上の「建物」とでは、その判断基準が必ずしも一致しません。
例えば、東京高裁平成9年1月30日判決では、養鰻用のビニールハウスについて、建物登記が不可能であるとしても、風雨を凌ぎ室内を外部と遮断する機能を有するとして借地借家法にいう「建物」であると認めています。
つまり、建築基準法上の「建築物」でなかったとしても、借地借家法にいう「建物」として保護されることがあるというのです。
このように、借地借家法と、建築基準法や民法で判断基準が異なるのは、借地借家法が賃借人の保護を目的としているからといえます。
以上のように、借地借家法にいう「建物」は、法の目的に照らして柔軟に解釈されています。
賃借人の保護という法の趣旨を踏まえつつ、社会経済の実態に即した実質的な判断がなされているといえます。
そして、具体的な「建物」該当性の判断にあたっては、後述する物理的要素と機能的要素の両面から、総合的な検討が行われることになります。
「建物」該当性の判断基準
2つの判断基準
借地借家法にいう「建物」がこれまで述べたものであるとして、ある施設が借地借家法にいう「建物」に該当するかどうかは、具体的にどのように判断するべきなのでしょうか。
裁判例では、借地借家法にいう「建物」に該当するかどうかは、主として、物理的要素と機能的要素の2つの観点から判断されていると考えることができます。
物理的要素とは、簡単に言えば、目で見て確認できる建物としての特徴のことです。
例えば、壁があるか、屋根があるか、土地にしっかりと固定されているか、といった外から見てわかる性質のことを指します。建物の形や構造に関する要素と言い換えることもできます。
機能的要素は、その場所を実際にどのように使えるかという観点です。
つまり、その空間を借りた人が、他人に邪魔されることなく、自由に使用できるかどうかという実際の使い勝手に関する要素です。
このように、建物かどうかの判断は、外形的な特徴(物理的要素)と実際の使い勝手(機能的要素)の両方から検討されます。
ただし、実際の使い勝手(機能的要素)は、外形的な特徴(物理的要素)にかなり大きな影響を受けることは注意が必要です。
以下、それぞれの要素について、裁判例を踏まえながら具体的に解説していきます。
物理的要素
物理的要素のうちまず重要となるのが、最高裁平成4年2月6日判決から導かれる借地借家法にいう「建物」の意味です。
改めて、借地借家法にいう「建物」の意味を示すと次のとおりとなります。
土地に定着し、周壁・屋根を有し、住居・営業・物の貯蔵等の用に供することができる永続性のある建造物
具体的には、以下の点が重視されます。
- 建造物が土地に定着していること
- 建造物が、周壁・屋根により他の部分と区分されていること
- 永続性のある構造物であること
また、最高裁昭和42年6月2日判決によれば、賃借の対象が建物の一部についても、障壁その他によって他の部分と区画されているものであれば、借地借家法にいう「建物」になり得るとされています。
例えば、東京高裁平成9年1月30日判決では、養鰻用ビニールハウスについて、以下の事実を重視して「建物」該当性を認めています。
- 基礎はコンクリートで作られ、容易に取り壊すことができない
- 骨組みは重量のある鉄骨で組立てられており、強度及び耐久性に優れている
- 屋根及び外壁は断熱性のある透明ビニールシートで覆われている
- 多額の投下資本を要する永続的な構築物であり、長期間の継続使用が予定されている
一方、東京地裁平成28年11月22日判決では、事務所ビル内のパーテーションの上部が天井まで達せず、床にも固定されていない区画について「建物」該当性を否定しています。
機能的要素について
機能的要素としては、独立的・排他的な支配可能性が重要です。
この点について、最高裁昭和42年6月2日判決では、建物の一部が借家法にいう「建物」であるためには、「独占的排他的支配が可能な構造・規模を有すること」が必要であるとしています。
例えば、独占的・排他的な支配が可能であるかどうかは、賃借の対象となる施設や区画の物理的要素も踏まえ、次のような点から検討されることになります。
- 専用の出入口があるか
- 施錠設備があるか
- 賃借人が自由に利用することができるか
- 賃貸人によりどの程度利用が制限されているか
商業施設内の区画については、営業上の独立性も重要な判断要素となります。
仙台高裁昭和28年2月17日判決は、デパート内の売場について、営業方針への干渉が予定されていることや、商品の種類、品質、価格等について賃貸人の指示に従う必要があることなど、営業上の独立性が著しく制限されている点を理由として、「建物」該当性を否定しています。
同様に、東京地裁平成20年6月30日判決でも、駅構内のレストラン街の一区画について、営業時間や休業日が賃貸人によって制限され、共同店舗集団の一員としての制約を受けることを理由に、「建物」該当性を否定しています。
以上の物理的要素と機能的要素は、個別に判断されるのではなく、総合的に考慮されます。
例えば、物理的な区画が完全でなくても、営業上の独立性が強く認められる場合には「建物」該当性が認められる可能性があります。
逆に、物理的な区画が明確であっても、営業上の制約が強い場合には「建物」該当性が否定される可能性があります。
このように、「建物」該当性の判断は、単なる外形的・物理的な判断にとどまらず、実質的な利用実態や営業の独立性まで含めた総合的な判断となっています。
具体的場面における「建物」該当性の判断
不動産実務において「建物」該当性が問題となる典型的な場面について、裁判例の分析を通じて詳しく検討していきます。
商業施設内の店舗区画
商業施設内の店舗区画については、その形態や営業上の制約の程度によって裁判所の判断は分かれています。
裁判所の判断にあたり特に重視されていると考えられるのは、物理的な区画の態様と営業上の独立性のバランスです。
デパート内の売場(仙台高裁昭和28年2月17日判決)
デパート内の売場スペースが借家法にいう「建物」に該当するか否かについて争いとなった事案では、裁判所は、以下の理由により借家法の適用を否定しました。
- 売場が単なる区画としての性質しか持たない
- 営業方針への干渉が予定されている
- 商品の種類、品質、価格等について賃貸人の指示に従う必要がある
- 防火等の必要がある場合には売場の位置の変更を受ける
物理的区画についても営業についても、賃借人の独立性が欠如していることを理由に、「建物」該当性を否定したものです。
この判断は、全体で統一的な運営が求められるデパートの特性を反映したものといえます。
駅構内レストラン街(東京地裁平成20年6月30日判決・平成18年(ワ)第28480号)
JR駅構内のレストラン街の一区画について、賃貸人からの明渡請求に対し、賃借人が借地借家法の適用を主張して争った事案では、デパートの事案よりも詳細な検討が行われ、裁判所は、以下の理由により「建物」該当性を否定しました。
- 物理的側面の検討
- 他の部分とパーテーションで区切られているにすぎない
- 独自の施錠設備がない
- 外部からの独立した出入口がない
- 営業上の制約
- 営業時間や休業日が賃貸人によって制限されている
- 共同店舗集団の一員として様々な制約を受ける
この判決は、物理的独立性の不十分さと営業上の制約の双方を理由に「建物」該当性を否定したものです。
市民病院内の売店(神戸地裁令和元7月12日判決・平成30年(ワ)第1654号)
一方、病院内の売店部分について、賃貸人からの明渡請求に対し、賃借人が借地借家法の適用を主張して争った事案では、裁判所は、以下の理由により「建物」該当性を肯定しています。
- 三面を壁で区画され、残り一面にシャッターが設置されている
- 営業時間外にはシャッターを下ろして施錠可能である
- 売店として利用するに十分な規模である(8.07㎡)
この事例では、物理的な区画が明確で、独立した営業スペースとしての実体を備えていたことが重視されています。
仮設的構造物
仮設的構造物については、土地への定着性と利用の永続性が重要な判断要素となっています。
養鰻用ビニールハウス(東京高裁平成9年1月30日判決・平成8年(ネ)第3494号)
養鰻用ビニールハウスが借家法にいう「建物」に該当するかについて争いとなった事案において、裁判所は、以下の理由から「建物」該当性を肯定しました。
- 構造面の特徴
- 基礎はコンクリートで作られ、容易に取り壊すことができない
- 骨組みは重量のある鉄骨で組立てられており、強度及び耐久性に優れている
- 屋根及び外壁は断熱性のある透明ビニールシートで覆われている
- 機能面の特徴
- 風雨を凌ぐ機能がある
- 室内の外部からの遮断されている
- 養鰻用の設備(池、配管、ボイラー等)の設置されている
これらの構造面・機能面の特徴を踏まえ、次のとおり評価されたことが重要な要素であったと考えられます。
- 多額の投下資本を要する永続的な構築物である
- 長期間の継続使用が予定されている
- 営業の用に供される施設として十分な機能を有する
特に注目すべきは、建物登記が不可能であっても、実質的な永続性と機能性が認められれば「建物」該当性が肯定されうるという点です。
つまり、建築基準法上の「建築物」でなかったとしても、借地借家法上は「建物」となることがあるということです。
電車改造店舗(東京地裁平成18年6月19日判決・平成17年(ワ)第19698号)
これに対し、電車を改造した飲食店舗について、賃貸人が賃貸借契約の終了を主張して明渡しを求めた事案では、電車を改造した飲食店舗について、以下の理由から「建物」該当性を否定しました。
- 定着性の欠如
- 基礎工事がされておらず、土地に定着していない
- コンクリートの歩道上に置かれているにすぎない
- 移動可能な構造である
なお、判示では、床面積約10㎡と狭小であることや、建築確認申請も登記もされていないことも述べられています。他の裁判例では、もっと床面積が小さくても(神戸地裁令和元7月12日判決)、登記がされていなくても(東京高裁平成9年1月30日判決)、「建物」に該当するとされているので一貫していないようにも思えます。
しかし、本裁判例は、床面積がより大きかったり、建築確認申請や登記がされていれば、「建物」に該当する余地も出てくるが、それもないため「建物」には該当し得ないという判断と考えられます。
パーテーションによる区画
事務所ビル内のパーテーションで区切られた区画について、賃貸人からの明渡請求に対し、賃借人が借地借家法の適用を主張して争った事案(東京地裁平成28年11月22日判決・平成18年(ワ)第11998号)では、裁判所は、以下の理由から「建物」該当性を否定しています。
- 区画の不完全性
- パーテーションの上部が天井まで達していない
- パーテーションが床に固定されていない
- 独立した出入口を有しない
- 支配の不完全性
- 賃貸人による自由な出入りが可能
- 排他的支配が困難
この判決は、パーテーションによる区画については、その設置態様や固定性が特に重要な判断要素となることを示しています。
実務上の留意点
裁判例の分析から、借地借家法にいう「建物」該当性の判断においては、物理的要素と機能的要素の両面から、事案に即した詳細な検討がなされていることがわかります。
特に商業施設内の区画については、「建物」に該当するためには、物理的な独立性に加えて、営業上の独立性も重要な判断要素となっています。
不動産オーナーや不動産業者が、借地借家法上の「建物」該当性について実務上留意すべき点を、契約の各段階に分けて解説します。
契約締結前の検討事項
物理的構造の選択
契約締結前の設計・工事段階で、以下の点について慎重な検討が必要です。
- 区画方法の選択
- 固定壁による区画が最も独立性を確保しやすい
- パーテーションを使用する場合は、天井までの到達と床への固定が重要となる
- シャッターなど施錠可能な設備の設置を検討
- 独立性の確保
- 専用出入口の設置
- 水道・電気等の独立的利用が可能な設備設計
- 防火区画等の法令上の要件も考慮
営業上の独立性の検討
施設全体の運営方針と個別店舗の独立性のバランスを検討します。
- 営業の自由度
- 営業時間・休業日の制限の程度
- 取扱商品や価格設定の自由度
- 共同施設としての管理規則の内容
契約締結時の留意点
契約書の作成
以下の事項について、図面等により契約書において特定・明確化することが重要です。
- 賃借部分
- 専用部分と共用部分の区分
- 賃借人が自由に使用できる範囲
- 使用目的・使用方法
- 具体的な営業内容
- 営業制限事項
- 施設管理規則等
当事者の権利義務関係
借地借家法の適用の有無により、以下の点で大きな違いが生じます。
- 契約期間と更新
- 解約に関する制限
- 賃料増減額請求権の有無
- 造作買取請求権の有無
契約期間中の管理運営
トラブル予防の観点から
- 定期的な施設の点検・補修
- 区画の独立性維持の確認
- 営業ルールの遵守状況の確認
紛争発生時の対応
- 契約書・図面等の証拠の保管
- 賃借人との協議記録の保管
- 物理的状況の写真等による記録
このように、借地借家法にいう「建物」該当性の問題は、契約締結前の計画段階から、契約締結時、さらには契約期間中の管理運営に至るまで、様々な場面で検討が必要となります。
特に、契約締結前の段階での慎重な検討が、将来的なトラブル防止の観点から重要といえます。
おわりに
本記事では、借地借家法にいう「建物」の該当性について、裁判例の分析を中心に検討してきました。最高裁昭和42年6月2日判決以降、裁判所は物理的要素と機能的要素の両面から総合的な判断を行ってきており、その判断枠組みは現在も維持されています。
しかし、近年の商業施設の多様化や新しい事業形態の出現により、「建物」該当性の判断は一層複雑化しています。
例えば、従来のような固定的な壁による区画ではなく、可動式のパーテーションによる区画が増加し、また、事業者の営業形態も、独立した店舗型から施設全体との一体的運営を前提とするものまで、多様化が進んでいます。
このような状況において、不動産オーナーや不動産業者は、以下の点に特に注意を払う必要があります。
- 賃貸借契約締結前の段階における、物理的構造と営業形態の慎重な検討
- 契約書における賃借部分の明確な特定と使用条件の詳細な規定
- 契約期間中における物理的独立性の維持と営業ルールの適切な運用
「建物」該当性の判断は個別の事案ごとに異なり得るため、予め借地借家法の適用の有無を明確に判断することが難しい場面も多々あります。
そのため、契約締結時には、借地借家法の適用があった場合とそうでない場合の双方を想定した対応を検討しておくことが望ましいといえます。
最後に、本記事で取り上げた裁判例は、いずれも具体的な事案に即した判断であり、類似の事案であっても個別の事情によって結論が異なる可能性があることにご留意ください。
不動産取引の実務においては、本記事で示した判断基準を参考としつつ、個別の事案に応じた慎重な判断と対応が求められます。
借地借家法の適用関係について疑義が生じた場合には、早期に専門家への相談を検討されることをお勧めいたします。