母と私で共有している借地権付きの建物があります。私の共有持分を妹に譲ることを考えているのですが、地主さんの承諾は必要でしょうか?もし承諾なく譲渡すると、建物を失うことになるのでしょうか?
相続などにより借地権が共有になっている場合、その後の家族関係の変化などに応じて、共有持分を家族間で譲渡する必要が生じることがあります。
しかし、この譲渡の際の手続きを誤ると、最悪の場合、借地契約が解除され、建物を取り壊さなければならなくなるリスクもあります。
本記事では、重要判例で示された基準を踏まえながら、すでに共有となっている借地権の持分を譲渡する場合の法的問題と実務上の注意点について、できるだけわかりやすく解説していきたいと思います。
借地権の共有全般については次の記事を参考にしてください。
借地権共有持分譲渡の基礎
借地権とは、建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいいます(借地借家法2条1号)。
この権利は複数人で共有することがあります。
借地権は所有権以外の財産権であるため、法律的には「準共有」となりますが、本記事では一般的な用語である「共有」を使って説明します(以下、共有状態の借地権を「共有借地権」といいます。)。
民法612条1項は「賃借人は賃貸人の承諾を得なければ、その権利を譲渡することができない」と定めており、同条2項では、承諾を得ずに譲渡した場合、賃貸人は契約を解除できると規定しています。
賃貸人の賃料収入の利益を保護するためにこのような規定が設けられたものと考えられています。
土地賃貸借に即して考えると、民法612条により、土地の賃借人は、地主の承諾を得ないまま土地の賃借権を譲渡できないということになります。
しかし、賃貸人にとっては賃借権の譲渡の必要性があるのに、賃貸人の承諾がなければ一切賃借権の譲渡ができないとするのは不当といえます。
そこで、昭和28年の最高裁判決(最判昭和28年9月25日・民集7巻9号979頁)では、土地の賃借権の無断譲渡があっても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為であると認めるに足らない特段の事情がある場合においては、民法612条2項の解除権は発生しないものとされました。
この考え方は「信頼関係破壊の法理」と呼ばれ、現在でも実務の重要な指針となっています。
では、借地権の共有持分を地主の承諾を得ないまま譲渡した場合、この「特段の事情」はどのように判断されるのでしょうか。
民法612条1項にあえて規定が設けられている以上、地主の承諾が必要となるのが原則ですので、「特別の事情」は例外的な場合に限られています。
判例は、「特別の事情」があるかどうかは、
- 譲渡により借地の利用状況に実質的な変化が生じるか
- 第三者に対する譲渡か親族間の譲渡か
- 地主が不利益を被るか
という点を重視しているものと考えられます。
以下では、具体的な場面に分けて、解除が認められるかどうかの基準を詳しく見ていきましょう。
家族や共有者間で譲渡する場合
それでは、重要な裁判例を手がかりに、家族間での借地権共有持分譲渡について考えてみましょう。
最高裁判決(最判昭和39年1月16日・民集18巻1号11頁)
この判決では、親権に服する子との共有とするために親が借地の持分を子に譲渡したケースについて、譲渡の前後において、借地の利用および賃料の支払等の実質的な関係に変わりがなければ、賃借権の持分の譲渡は、これについて賃借人の承諾がなくても、解除の事由とはならないものとされました。
この判決は、家族間での持分譲渡についての重要な判断基準を示しています。
すなわち、
- 家族間の譲渡である
- 土地利用の実態に変化がない
ことの2点を満たせば、地主の承諾がなくても解除は認められにくいということです。
最高裁判決(最高裁昭和39年6月30日・民集18巻5号991頁)
離婚に伴う財産分与として借地権の共有持分を譲渡する場合も、地主の承諾が必要かが問題となります。
この判決は、事実上の夫婦として同棲し、共に店舗営業をしていた女性が、同棲相手の死亡後、その相続人から建物とともに借地権の譲渡を受けたケースについて判断したものです。
地主は、譲受人が建物で事実上の夫婦として同棲していた事実を知っていました。
この判決は、このような事案において、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとして、解除を認めませんでした。判決が重視した事情は以下の2点です。
- 譲受人は従前から借地上の建物で生活し営業をしており、譲渡後も同様の利用を継続していた。
- 譲受人は事実上の夫婦として同居し、共に営業をしていた者であり、この事実を地主も了知していた。
つまり、判例は、
- 土地の利用状況に実質的な変化がない
- 借地権の譲渡があっても地主に影響がない
として、地主と賃借人との間の信頼関係の破壊はないと判断したものと考えられます。
最高裁判決(最判平成21年11月27日)
この判決ではさらに詳しい判断要素を示しています。
借地権の無断譲渡ではなく無断転貸の事案ではありますが、同様に考えることができるでしょう。
この事案では、借地上の建物を建て替える際に、地主から得た承諾とは異なる持分割合で建物を子と妻の共有としました。
地主は、建物について、借地人であるA(夫)が10分の1、B(妻)が10分の2、C(子)が10分の7の持分を取得することを承諾していましたが、実際にはBが10分の3、Cが10分の7の持分で共有しており、Aは持分を共有しなかったのです。Aは、BとCに対し、建物の持分割合に応じて土地を転貸しました。
その後、Cが離婚に伴う財産分与として建物の自己の持分を妻Dに譲渡しました。
Aは、Dに対し、建物の持分割合に応じて土地を転貸しました。
分かりにくいので図にします。
最高裁は、以下の事情を考慮して、いずれの土地の転貸についても、背信行為と認めるに足りない特別な事情がある(背信行為には当たらない)として、解除は認められないと判断しました。
- ◆建物の建て替え時の土地の転貸について
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- 転借人は借地人であるAの妻Bと子Cであり、建物の建て替えの前後を通じてA・B・Cは同居していた
- 土地の利用状況に変化が生じていない
- 地主は、Aが建物の持分を取得することに重大な関心を有していなかった
- ◆CがDに財産分与として建物の持分譲渡をした時の土地の転貸について
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- 建物の持分譲渡はCからDに対して離婚に伴う財産分与として行われたものであった
- Cから建物の持分場を受けたDは従前から建物に居住しており、離婚成立後にCが退去した以外に利用状況の変化がない
- 転貸によって地主に具体的な不利益は生じていない
第三者への持分譲渡
第三者に借地権共有持分を譲渡する場合は、家族や共有者間での譲渡とは異なり、より慎重な対応が必要となります。
なぜなら、第三者への譲渡は、見知らぬ者を借地権者として受け入れることを地主に強いることになるためです。
第三者への共有持分譲渡の場合、原則として地主の承諾が必要であり(民法612条1項)、無断で譲渡すれば解除事由となります(民法612条2項)。
もちろん、第三者への共有持分譲渡の場合でも、「信頼関係破壊の法理」は適用されますので、地主に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があれば、民法612条2項の解除権は発生しません。
しかし、家族や共有者間で譲渡する場合と比べると、特段の事情があると認められれることは少ないでしょう。
賃貸借契約に基づく債務は不可分債務となるため(最判昭和45年5月22日・民集24巻5号415頁)、共有者の一人が無断譲渡をした場合も、地主との関係では共有者全員が債務不履行となり、賃貸借契約全体が解除されることになります。
つまり、共有者の一人の無断譲渡によって、他の共有者も借地権を失うことになるのです。
不可分債務とは、その性質上分割することができない債務をいいます。各債務者は全部の給付をする必要があり、全部の給付がされた場合は他の債務者の債務も消滅します。連帯債務との違いは、不可分債務は性質上分割することができないことです。
このように第三者への持分譲渡は重大なリスクを伴うため、実務上は以下の対応が推奨されます。
- 事前に地主の承諾を得る。譲受人の属性、土地利用の目的、他の共有者の意向などを丁寧に説明し、地主の理解を得るよう努める。
- 地主の承諾が得られない場合は、借地非訟手続の利用を検討する(借地借家法19条)。この手続は、裁判所に借地権の譲渡について地主の承諾に代わる許可を求めるものである。但し、一定の承諾料の支払いが命じられることが通常となる。
- 他の共有者の理解と協力を得る。共有者全員の権利が影響を受ける可能性があるため、他の共有者との協議も重要となる。
このように、第三者への持分譲渡は、共有者間の譲渡に比べてはるかに慎重な対応が求められます。
弁護士などの専門家に相談し、適切な手続きを踏むことで、トラブルを未然に防ぐことが重要です。
解除が認められない場合の要件
借地権共有持分の譲渡において、裁判所が解除を認めないとした判例を分析すると、主に以下の3つの要素が重視されていることがわかります。
この3つの要素が揃えば、承諾のない共有持分譲渡であっても解除は認められにくいと考えられます。
- 土地利用の実態に変化がない
- 当事者間に親族関係が存在している
- 地主が不利益を受けない
最も重要と考えられるのは、①土地利用の実態に変化がないことです。
昭和39年の最高裁判決(最判昭和39年1月16日・民集18巻1号11頁)が示したこの基準は、その後の判例でも一貫して維持されています。
具体的には、譲渡の前後で建物の居住者に大きな変更がなく、同じような使用形態が継続している場合には、地主との信頼関係を破壊するものとは認められにくいとされています。
次に重視されるのが、②親族関係が存在していることです。
平成21年の最高裁判決(最判平成21年11月27日)では、一度目は妻子への転貸、二度目は子の嫁への転貸でしたが、いずれも地主との信頼関係を破壊する背信的行為とは認められませんでした。
ここでは、もともと同居していた家族間での権利の移転であることが重視されています。
そして、③地主が不利益を受けないことも重要です。
平成21年の最高裁判決では、地主は借地人が持分を取得することに重大な関心を持っていないという事情が考慮されました。
但し、これはあくまでも裁判における解除の可否についての判断基準であり、実務上は事前に地主の承諾を得るか、借地非訟手続(借地借家法19条)を利用する方が望ましいでしょう。
実務上の重要ポイント
基本的な考え方
これまでの判例分析を踏まえ、借地権共有持分を譲渡する際の実務上の重要ポイントを整理してみましょう。
まず、持分譲渡を検討する初期段階では、現状の権利関係の確認が重要です。
登記簿を確認し、借地権の登記の有無、建物の共有持分割合、賃料の支払状況などを把握します。
また、従前の契約書や覚書の存否も確認し、特約等の有無もチェックする必要があります。
次に、譲渡の方法の検討です。
判例では親族間の譲渡について比較的柔軟な判断がされているとはいえ、可能な限り地主の承諾を得る努力をした方がよいでしょう。
地主との交渉に際しては、土地利用の実態に変更がないこと、賃料支払に支障が生じないことなどを丁寧に説明します。承諾が得られた場合は、その範囲・条件を明確にした承諾書を作成してもらいます。
地主の承諾が得られない場合は、借地非訟手続(借地借家法19条)の検討が必要でしょう。
この手続は、裁判所に借地権の譲渡について地主の承諾に代わる許可を求めるものです。但し、相当額の承諾料の支払いが必要となることが通常です。
承諾料について地主との間で合意が成立しない場合は、裁判所が金額を決定することになります。
実務上最も注意すべき点は、「地主の承諾なく譲渡しても大丈夫だろう」と安易に考えないことです。
判例で示された基準に該当する場合でも、事前の承諾取得や借地非訟手続の利用を原則とすべきでしょう。
トラブル予防のための実務対応
ここでは、トラブルを予防するための実務的な対応について解説します。
まず、借地権共有持分の譲渡を計画した段階で、地主に対して丁寧な説明を行うことが重要です。
特に、
- 誰から誰に譲渡するのか
- 譲渡の理由(離婚による財産分与など)
- 譲渡後も土地の利用方法は変わらないこと
- 賃料支払いなどの従来の契約関係は変更されないこと
などを、書面で説明することをお勧めします。
ここで、実務上よく問題になるのが承諾料の取り扱いです。
家族間の譲渡であっても、地主が承諾料を要求してくることは少なくありません。
判例は、地主に具体的な不利益が生じない場合には解除を認めていませんが、トラブル予防の観点からは合理的な範囲での承諾料の支払いを検討することも一つの選択肢です。
また、地主から承諾を得られない場合には、借地非訟手続(借地借家法19条)を利用することも考えられます。
これは、裁判所に地主の承諾に代わる許可を求める手続で、親族間の譲渡の場合、認められる可能性は比較的高いと考えられます。
但し、一定の承諾料相当額の支払いが必要になることが通常です。
実務上の具体的なチェックポイントとしては以下の事項があります。
これらの手続きには専門的な法的知識が必要となることも多いため、弁護士などに相談することをお勧めします。
- ◆譲渡前の確認事項
-
- 現在の借地権の登記の有無と内容
- 建物の登記と借地権の持分割合の一致
- 賃料の支払状況
- 従前の契約書等の確認
- ◆譲渡時の対応
-
- 地主への説明書面の作成
- 承諾書の取得(承諾が得られる場合)
- 借地権譲渡契約書の作成
- 必要に応じて借地非訟手続の検討
まとめ
借地権共有持分の譲渡は、一見単純な権利の移転のように思えますが、地主の承諾を要するという民法の原則と、判例法理である信頼関係破壊の法理との関係で、慎重な対応が必要となります。
判例は、特に家族間での譲渡について、土地利用の実態に変更がなく、地主に具体的な不利益が生じない場合には、承諾がなくても解除は認められないという柔軟な判断をしています。
しかし、これはあくまでも事後的な紛争解決の基準であり、実務上は地主の承諾を得るか、借地非訟手続を利用するなど、適切な手続きを踏むことが望ましいと言えます。
借地権共有持分の譲渡を検討される際は、早めに弁護士に相談し、トラブルを予防するための適切なアドバイスを受けることをお勧めします。