賃貸アパートのオーナーです。入居者の退去時にクリーニング費用を請求したいです。契約書には特段クリーニング費用については書いていないのですが、請求できますか。
賃貸建物の賃貸人(貸主・オーナー・管理会社)にとって、賃借人の退去時のクリーニング費用をだれが負担するのかというのは大きな問題です。
クリーニング費用の負担は、賃借人の原状回復義務と密接な関係があり、賃貸人と賃借人との間でトラブルになることも多いです。
賃貸人としては、クリーニング費用と原状回復義務の関係を踏まえて、どのような場合に賃借人にクリーニング費用を請求できるのかを正確に理解しておくことが、賃貸建物の適正な管理のために不可欠となります。
本記事では、賃貸人が賃借人にクリーニング費用を請求できるのはどのような場合かについて具体例を交えて説明します。
- 建物賃貸借契約において特段の取り決めがない場合、クリーニングが、通常損耗を取り除くためのものである場合は、賃貸人の負担となる。これに対し、通常損耗を超える損耗(特別損耗)を回復するためのものである場合は、賃借人の原状回復義務の対象として、クリーニング費用を請求できる。
- 特別損耗を回復するためのものであったとしても、賃借人とのトラブルを避けるため、建物賃貸借契約書にクリーニング費用の負担について明確に定めておくことが必要となる。
- 特別損耗についても、賃借人にクリーニング費用を請求できる場合があるが、建物賃貸借契約締結時において賃借人と明確に合意しておくことが必要となる。
退去時のクリーニング費用とは
ここでいうクリーニング費用とは、賃借人の退去時に賃貸建物を清掃するための費用を指します。
賃貸建物のクリーニングは、賃貸人が、次の賃借人に賃貸建物を提供するにあたり、賃貸建物を清潔な状態に維持するために行われるものです。
クリーニング費用の具体的な内容には、一般的には以下のような項目が含まれます
清掃箇所 | 作業内容 |
---|---|
床やカーペット | 特にペットがいる場合、カーペットの深部の清掃が必要になることがあります。 |
キッチン | コンロ、換気扇、シンクなどの油汚れや水垢の除去。 |
浴室・トイレ・洗面台 | 浴槽、トイレ、洗面台のカビや水垢の除去。 |
窓や網戸 | 汚れやホコリの除去。 |
エアコン | フィルターの掃除や内部のクリーニング。 |
原状回復義務とは
原状回復義務とは、建物賃貸借契約終了時に、賃借人が賃貸建物の汚損・損傷を元の状態に戻す義務のことをいいます。
賃貸人が、長期間にわたって安定した収益を確保するためには、賃貸建物を常に良好な状態に保ち、資産価値を維持することにより、次の賃借人に対しても魅力的な状態で賃貸建物を提供する必要があります。
そのためには、賃借人が原状回復義務を適正に履行することが重要となります。
建物賃貸借契約終了時に発生する原状回復義務に関しては、民法621条に次のように規定されています。
【民法621条】(賃借人の原状回復義務)
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
民法621条により、建物賃貸借契約の終了時における原状回復義務は、賃借人が当然に負担することになります。
ただし、民法621条は、原状回復義務として、賃借人に対して、賃貸建物を受け取った時の状態に完全に戻すことを求めているわけではありません。
民法621条括弧書きに「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。」とされているように、通常の使用による損耗(通常損耗)や経年変化(経年劣化)については、これを元通りにする義務はないとしています。
例えば、建物を使用しているだけで、日光により壁紙が色あせたり、畳やフローリングが摩耗したりすることは避けられませんが、これについて、賃借人が、壁紙を張り替えたり、畳やフローリングを交換して、入居当時の状態まで戻すことまでは必要ないことになります。
また、水道の蛇口が水漏れしたり、給湯器のお湯が出なくなるといったように、賃貸住宅の設備も普通に使用し続けているだけで調子が悪くなるものですが、これについても、賃借人が設備の修繕や更新をすることまでは必要ないことになります。
なお、賃貸建物の原状回復義務全般については次の記事で詳しく説明していますので参考にしてください。
クリーニング費用を請求できる場合は
それでは、賃貸人は、賃借人の建物退去時、どのような場合にクリーニング費用の請求ができるのでしょうか。
クリーニング費用の負担について、建物賃貸借契約において特段の取り決めがない場合、賃借人にクリーニング費用の負担を請求することができるかどうかは、そのクリーニングが賃借人の原状回復義務の対象となるかどうかによります。
クリーニングが、賃貸建物の通常の使用による汚れ(通常損耗)を取り除くために行われるものである場合は、原状回復義務の対象外であるため、賃貸人の負担となるのが一般的です。
これに対し、クリーニングが、通常の使用の範囲を超える損耗(特別損耗)を回復するために行われるものである場合は、賃借人の原状回復義務の対象として、クリーニング費用を請求することができます。
例えば、賃貸住宅でいえば、次のようなものは、特別損耗として、賃借人の原状回復義務の対象となることが多いです。
ペットの飼育による損耗
最近、自宅で犬猫などのペットを飼育する人が増えています。
賃貸住宅においてペットの飼育が許可されている場合、ペットによる建物の汚れが問題となります。
例えば、ペットによる床や壁紙の臭いの問題などが挙げられます。
ペットの飼育による損耗の回復費用があらかじめ賃料に含まれていると考えられる場合を除いて、これらの損耗は、賃借人の通常の使用による損耗とはいえず、賃借人の責任で修繕されるべき内容といえます。
喫煙による汚れと臭い
室内での喫煙による汚れや臭いも賃貸住宅特有の問題といえます。
賃借人の煙草による壁紙の黄ばみや臭いが認められるため、次の賃借人に賃貸するために壁紙の全面張替えや特別な清掃が必要となる場合があります。
煙草が禁止されていない賃貸建物であったとしても、煙草の煙による壁紙の黄ばみや臭いが認められる場合は、通常の使用による損耗の範囲を超えているといえるので、原状回復義務の対象となる場合が多いです。
水回りの設備の問題
賃貸住宅では、キッチン、バスルーム、トイレなどの水回りの設備が頻繁に使用されるため、これらの設備の損耗が問題となります。
例えば、シンクの錆びやカビ、バスルームのカビや水垢、トイレの黄ばみなどが挙げられます。
これらの問題が、賃借人の日常的な清掃やメンテナンスが不十分であるために発生している場合には、賃借人の原状回復義務の対象となることが多いです。
これらの場合、賃貸人は、賃借人にクリーニング費用を請求することができます。
しかし、賃借人のなかには、ペットの飼育や煙草による損耗程度のものは原状回復義務の対象外であると考える人もいます。
民法621条では、通常損耗や経年劣化を超えるものについては原状回復義務の対象となるとされていますが、その基準は明確にされていません。
原状回復義務の対象となるかどうかは、個別具体的に判断するしかなく、簡単に判別できるものでもないため、賃借人が納得できなければ大きなトラブルにもなりかねません。
そこで、賃借人とのトラブルを避けるためにも、賃貸借契約書において、クリーニング費用の負担について明確に取り決めをしておくことが重要です。
賃貸借契約書の記載方法
退去時のトラブルを避けるためには、賃貸借契約書において、クリーニング費用や原状回復義務について明確に取り決めをしておくことが重要です。
賃貸借契約書の記載例としては次のようなものが考えられます。
賃貸借契約書にこのような規定を設けることにより、賃貸人と賃借人の理解が一致し、退去時のトラブルを未然に防ぐことができます。
クリーニング費用の範囲と負担
どの範囲のクリーニングが必要か、費用はどの程度かを明確にしておきます。
通常の使用による汚れはオーナーが負担し、特別な汚れや故意・過失による汚れは入居者が負担することを明記します。
第●条(クリーニング費用)
1 賃借人は、退去時に専門業者によるハウスクリーニングを受けることに同意し、その費用を負担するものとする。ただし、通常の使用による汚れについては賃貸人が負担する。
2 以下の汚れを回復するための費用については、賃借人が全額負担するものとする。
① ペットによる汚れ
② 喫煙による壁紙の黄ばみ及び臭い
③ 故意または過失による汚れ
原状回復義務の範囲
賃借人が負担するべき修繕や復旧作業の具体的な内容を記載します。
第●条(原状回復)
1 賃借人は、退去時に以下により物件を入居時の状態に戻すことを義務とする。
① 壁や床の修繕(壁に開けた穴、床の深い傷など)
② 設備の修理(エアコン、給湯器などの故障)
2 前項にかかわらず、通常の使用による損耗(壁紙の色あせ、フローリングの摩耗など)の回復のための費用については、賃貸人が負担するものとする。
通常の使用による損耗の扱い
通常の使用による損耗(通常損耗)や経年変化(経年劣化)については賃貸人が負担する旨を明記します。
第●条(通常の使用による損耗)
1 通常の使用による損耗及び経年劣化(壁紙の色あせ、フローリングの摩耗、設備の自然な劣化など)の回復のための費用については、賃借人は負担しない。
2 前項に該当しない特別な損耗や故意・過失による損耗を回復するための費用については、賃借人が全額負担するものとする。
特別な損耗や破損の例
特別な損耗や故意・過失による破損について具体例を挙げて説明します。
第●条(特別な損耗や破損)
以下の損耗や破損の回復のための費用については、入居者が全額負担するものとする。
① ペットによるフローリングの傷
② 喫煙による壁紙の黄ばみ及び臭い
③ 故意または過失による設備の損壊
特約により通常損耗についてもクリーニング費用の請求はできるか
特約の有効性
クリーニング費用の負担について、建物賃貸借契約において特段の取り決めがない場合、賃貸建物の通常の使用による汚れ(通常損耗)を取り除くためのものである場合は、原状回復義務の対象外であるため、賃貸人がクリーニング費用を負担することが一般的です。
それでは、建物賃貸借契約において特約を定めておけば、通常損耗を取り除くためであっても、賃借人にクリーニング費用の請求ができるのでしょうか。
民法621条はいわゆる強行規定(これに反する特約が認められない規定)ではありませんので、契約自由の原則に則り、このような特約を定めることが一律に否定されるものではありません。
しかし、このような特約は賃借人に例外的に特別の負担を課すものであるので、賃借人に過度の負担を強いるなどの不合理な特約は認められないものと考えられます。
これまでの裁判例によりますと、賃借人に賃貸建物の通常損耗を取り除くためのクリーニング費用の負担を課す特約が有効であるためには、次の要件を満たすことが必要とされます。
明確かつ具体的な条項であること
特約の内容は明確かつ具体的に記載されており、入居者が理解できるものであることが必要です。具体的には次のことが明確にされている必要があります。
条項の項目 | 規定内容 |
---|---|
クリーニング対象箇所 | クリーニング対象部位・場所・範囲など |
クリーニングを必要とする原因・修繕方法 | どのような状態が修繕の対象となり、どのような方法で、どのような状態まで戻すのか |
クリーニング費用 | クリーニングのためにどのような費用がかかるのか |
合理的な負担内容であること
特約の内容が合理的であり、入居者に過度な負担を強いるものでないことが求められます。
賃貸人の十分な説明と賃借人の合意があること
建物賃貸借契約書に署名する際に、特約の内容について十分な説明が行われ、賃借人が十分に理解した上で同意していることが必要です。
クリーニング費用の特約について判断された裁判例
クリーニング費用を賃借人に負担させる特約について判断された裁判例として、以下の事例があります。
- 裁判所名:東京地方裁判所
- 判決日:2017年5月12日
- 建物賃貸借契約において、「退去時にプロフェッショナルなクリーニングを行い、その費用は入居者が負担する」と明記されていました。入居者は退去時にこの費用を支払うことに同意しました。この場合、裁判所は特約が明確であり、入居者がそれに同意しているため、有効と判断しました。
- 裁判所名:大阪地方裁判所
- 判決日:2016年11月30日
- 建物賃貸借契約書に「喫煙による壁紙の黄ばみや臭いの除去費用は入居者が負担する」と明記されていました。入居者が退去する際、壁紙の黄ばみが問題となり、オーナーはクリーニング費用を請求しました。この場合も、特約が明確であり、入居者が同意しているため、裁判所は特約を有効と認めました。
- 裁判所名:名古屋地方裁判所
- 判決日:2018年9月20日
- 建物賃貸借契約において、「退去時に必要なクリーニング費用は全額入居者が負担する」とのみ記載されていました。具体的な内容や範囲については記載されておらず、入居者に十分な説明もなされていませんでした。この場合、裁判所は特約が不明確であり、入居者がその内容を理解して同意しているとは言えないため、無効と判断しました。
- 裁判所名:福岡地方裁判所
- 判決日:2019年4月15日
- 建物賃貸借契約において、「通常の使用によるすべての損耗についても、入居者が全額負担する」という特約がありました。入居者が退去する際、通常の使用による自然損耗についても費用が請求されました。この場合、裁判所は特約が合理性を欠き、入居者に過度な負担を強いるものであるため、無効と判断しました。
まとめ
クリーニング費用の負担について、建物賃貸借契約において特段の取り決めがない場合、賃貸建物の通常損耗を取り除くためのものである場合は、原状回復義務の対象外であるため、賃貸人が負担することが一般的です。
これに対し、クリーニングが、通常の使用の範囲を超える損耗(特別損耗)を回復するために行われるものである場合は、賃借人の原状回復義務の対象として、クリーニング費用を請求することができます。
しかし、原状回復義務の対象となるかどうかは、簡単に判別されるものではないため、賃借人とのトラブルを避けるためにも、賃貸借契約書において、クリーニング費用の負担について明確に取り決めておき、入居者とオーナー間の理解を一致させることが重要です。
また、建物賃貸借契約において特約を定めることにより、通常損耗についてもクリーニング費用を請求することもできますが、その場合には特約の内容が明確かつ具体的であり、合理的で、入居者の同意が得られていることが必要となります。