建物賃貸借における修繕義務について知りたい人「アパートの大家をしています。アパートが古く、入居者から修繕の要請が頻繁にあるのですが、要求にはすべて応じないといけないのでしょうか。考え方を教えてください。」
弁護士の佐々木康友です。
賃貸人は賃借人に対し、賃貸借契約で定めた用途目的に従って、建物を使用収益させる義務を負っていいます。
そして、この使用収益させる義務から派生する義務として、建物が欠陥があるなどして使用収益に支障が生じた場合には、これを修繕してその支障を取り除く義務があります。
それでは、どのような場合に修繕義務が発生して、どの程度まで修繕する必要があるのでしょうか。
今回は、建物賃貸借における修繕義務について説明します。
賃貸人の修繕義務とは
建物賃貸借契約の賃貸人は、賃借人に対し、賃貸借契約で定めた用途目的に従って、建物を使用収益させる義務を負っています(民法601条)。
したがって、建物が毀損するなどして使用収益に支障が生じた場合には、これを修繕してその支障を取り除く義務があります(民法606条1項。修繕義務)。
修繕義務が発生する場合
賃貸借契約で定められた使用収益ができない場合
賃貸人の修繕義務は、建物の欠陥によって、賃貸借契約で定められた使用収益ができない場合に生じます。
建物の修繕をしなければ、賃借人が賃貸借契約によって定められた使用収益できない状態であることが必要です(東京地裁平成26年4月22日)
つまり、現実に建物の通常の用法による使用が妨げられていることが必要であり、いずれは修繕が必要になるという段階では修繕義務は発生しません。
また、建物に何らかの欠陥があっても、通常の使用収益に支障のない軽微な瑕疵については修繕義務は生じません。
建物が使用収益できない状態になっているが、その原因が特定できないということもあるでしょう。
しかし、そうだからといって、賃貸人は建物が使用収益できない状態を放置することが許されるわけではなく、具体的に支障の原因が特定できなくても可能な限り支障を除去する義務を負います(東京地裁判決H27年8月26日)。
賃貸人の故意過失は問われない
修繕義務の発生について、賃貸人の故意・過失は問われません。
現実に賃貸借契約で定められた使用収益ができない状態であれば修繕義務は発生します。
したがって、台風や地震などの不可抗力によって使用収益に支障が生じた場合にも修繕義務は発生します(東京地裁判決平成21年5月29日)。
賃貸借契約時に存在していた欠陥も対象となる
修繕義務の対象となる建物の欠陥は賃貸借契約成立時に既に存在していたものでも構いません(東京高裁判決昭和56年2月12日)。
賃借人の使用収益開始後に発生した欠陥に限られることはないということです。
但し、当初より建物に欠陥があることを承知の上で、これを修繕しないまま賃料を低くするなどして建物を貸したい場合もあります。
このように、賃貸人が、賃貸借契約の時に生じていた欠陥について認識しており、これを修繕しないで建物を賃貸しようとするときは、賃借人に欠陥について告知した上で、賃貸借契約時において生じていた欠陥については、賃貸人は責任を負わないことを規定しておくことが必要だと考えられます。
使用収益できない状態でも修繕義務が生じない場合
建物の欠陥によって、賃貸借契約で定められた使用収益ができない場合には修繕義務が発生するのが原則ですが、例外的に修繕義務が発生しないこともあります。
例えば次のような場合です。
賃借人に責任がある場合
建物の欠陥が賃借人の責めに帰すべき事由によって生じ、修繕が必要になった場合、賃貸人は修繕義務を負いません(民法606条1項但書)。
賃貸人には、賃借物である建物を善良なる管理者の注意で保管する義務があります(民法400条。善管注意義務)。
他人のものである建物を借りて使用しているのですから、毀損・汚損などすることにより、建物の価値を低下させることのないように注意する義務があるのです。
そのため、賃借人自らが善管注意義務に反して修繕の必要性を生じさせたのに、賃貸人に対して修繕の要求をできるのは不公平であり、信義に反するため、2020年4月1日の民法改正によりこのような規定が設けられました。
この規定が設けられる前は賃借人に責任がある場合に修繕義務が生じるかについては裁判所の判断は分かれていました。
しかし、今後は賃借人に責任がある場合は修繕義務は生じないことになります。
但し、この規定は、賃貸人が修繕義務を負わないとしているだけで、賃借人が修繕義務を負うわけではないことに注意が必要です。
賃貸人としては、賃借人に責任のある建物の欠陥について修繕をした場合は、賃借人に対し、その費用相当額を損害賠償請求できることになります。
なお、建物の一部について使用収益できなくなった場合は、賃借人は賃料が減額されますが(民法611条1項)、賃借人の責任により一部使用ができなくなった場合は減額されないものと考えられます。
また、賃貸人に修繕義務が生じないことから、賃借人が修繕をしても必要費償還請求(民法608条1項)はできません。
賃借人が修繕しなかった場合は、賃貸借終了の際に原状回復義務を負うことになります(民法621条)。
修繕不可能の場合
建物に瑕疵があっても、修繕が可能な場合にのみ賃貸人の修繕義務が生じます。
物理的・技術的に修繕不可能な場合は修繕義務は生じません。
また、物理的・技術的には修繕が可能であっても、賃料と比較して不相当に高額な費用を要する場合など、社会経済的に著しく困難な場合は修繕不可能となり修繕義務は生じません。
建物滅失の場合
建物の滅失その他により使用収益ができなくなった場合は、賃貸借は終了するので修繕義務の発生する余地はありません(民法616条)。
建物に起因しない支障の場合
注意を要するのは、使用収益の支障の原因が建物に起因するものでない場合は修繕義務は生じないということです。
例えば、分譲マンションの部屋を賃貸している場合、隣室や上階から騒音があっても、隣室や上階の所有者が賃貸人でない場合は、使用収益の支障の原因が賃貸人はないのですから、賃貸人に修繕義務は発生しません(東京地裁平成23年3月30日判決)。
また、他の入居者が想定外の使い方をしたことによって水漏れ被害が生じたような場合も、賃貸人にはそのような事態を想定した排水設備を管理する義務まではないものと考えられます(東京地裁平成22年10月21日)。
修繕しないとどうなるか
賃貸人が、賃借人から建物の修繕を要求され、賃貸人に修繕義務があると考えられるのに、修繕をせずに放置するとどうなるのでしょうか。
賃貸人の債務不履行になる
修繕義務は、賃貸人と賃借人の間の賃貸借契約に基づく賃貸人の義務です。
したがって、賃貸人が修繕義務を履行しない場合は債務不履行となります。
但し、通常、建物修繕には、現場の調査、業者の手配、工事方法の検討などの準備に時間が掛かります。
賃借人から修繕の要求があってからすぐに履行遅滞となるのは相当ではありません。
そこで、修繕の準備に必要な時間が経過した後に履行遅滞となるものと考えられます(東京地裁平成26年2月20日判決)。
賃借人は自ら修繕できる
賃貸人が修繕義務を履行しない場合は、賃借人は自ら修繕できます。
但し、賃借物である建物はあくまでも他人の所有物なので、賃借人に自由に修繕することを認めるべきではありません。
そこで、賃借人が修繕できる場合は次の二つとされています(民法607条の2)。
- 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき(1号)。
- 急迫の事情があるとき(2号)。
賃借人が修繕をした場合は、賃借人に対し直ちに修繕費(必要費)の償還を請求できます(民法608条1項)。
必要費とは、賃貸借契約で定めた目的用途に従って、建物を使用収益するために必要な修繕のために要した費用をいいます。
賃貸人が必要費を支払わない場合は、必要費償還請求権と賃料債権を相殺することができます。
また、賃貸人が建物の修繕をしないために使用収益が不能又は著しく困難となった場合は、賃料支払義務を免れます。
建物を使用収益できない段階に達しない場合は賃料全部の支払いを拒むことはできませんが、一部が使用収益できなくなった場合はその割合に応じて賃料が減額されます(民法611条1項)。
必要な程度を超えて修繕を行った場合
それでは、使用収益に必要な程度を超えて修繕を行った場合はどうなるでしょうか。
賃貸借契約の終了時に価値が上がった状態であるのなら、価値が上がった分(有益費)は賃貸人に負担させるべきです(民法608条2項)。
そこで、賃貸借契約が終了した時点において、実際に価値が上がった状態が維持されている限り、賃貸人は、次の①か②のいずれかを支払う必要があります。
①か②は賃貸人が選択することができます。
- 賃借人が支出した金額
- 改良などで建物の価値が増加した分の価格
賃貸人が費用を支払わない場合は、留置権(費用の支払いを受けるまでは建物の引渡しを拒否できる権利)に基づいて建物の引渡しを拒否できます。
但し、引渡しまでは賃料相当額を支払う必要があります。
修繕費を賃借人の負担とする特約
賃貸人には修繕義務がありますが(民法606条1項)、民法606条1項は任意規定であるため、賃貸借契約においてこれと異なる内容の特約を定めることはできます。
実務上、賃貸借契約においては、
- 修繕は賃借人が行う
- 修繕費は賃借人が負担する
といった内容の特約が定められることが多いですが、このような特約も合理的な内容であればで有効とされます。
但し、①修繕は賃借人が行うとの特約については、賃貸人の負う民法606条1項に基づく修繕義務を免除するだけで、賃借人に修繕義務を課するまでのものではないと解されています(最高裁判例昭和43年1月25日)。
また、②修繕費は賃借人が負担するとの特約については、賃借人は修繕費を支出する義務は負いますが、建物に欠陥がある場合に修繕義務を負うのは賃貸人であり、賃借人が修繕義務を負うものでなないと解されています。
賃貸借契約の目的物である建物の所有者はあくまでも賃貸人ですので、賃借人が他人の所有する建物の修繕義務を負うというのは特別な事情がある場合に限られます(最高裁判例昭和29年6月25日)。
特別の事情とは、例えば、建物の欠陥を賃借人が修繕することを条件として、賃料を低く設定している場合などが考えられます。
なお、特約の及ぶ範囲は、小規模の範囲にとどまり、それ以上の費用を要する大規模修繕まで賃借人に修繕義務や費用の負担をさせることはできないと解されています。
建物の主要な構造部分の修繕費のように、一般的に、賃借期間を超えて賃貸人の利益になるもので、かつ、多額の費用を要する修繕費の支出についてまで賃借人の負担とすることは、消費者契約法10条により無効とされた裁判例がありますので、特約を定める場合は注意が必要でしょう(東京地裁平成25年12月19日)。
消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者契約法
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
修繕の実施と室内への立入り
建物の修繕には賃借人の協力が必要となります。
そのため、建物の修繕のために使用収益に障害が出たとしても、賃借人は賃貸人による修繕を拒むことができず、修繕を受任する義務があります(民法606条2項)。
修繕のために必要であれば、賃借人に一時的に建物の明渡しを求めることもできます。
建物の明渡しを拒むと賃貸借契約の解除事由となります(横浜地裁判決昭和33年11月27日)。
これに対し、修繕により賃貸借の目的を達成できなくなる場合は賃貸人は賃貸借契約を解除できます(民法607条)。
賃借人の協力が必要な修繕について、準備を整えてあとは賃借人の協力があれば実施できる場合に、賃借人が協力しないために修繕が行えない場合は、修繕義務違反とはなりません(東京地裁判決平成26年7月8日)。
修繕はどこまでするべきか
賃貸借契約で予定されていた性質・状態
賃貸人が建物の修繕義務を負うとして、どの程度まで修繕する必要があるのでしょうか。
修繕すべき程度は、賃貸借契約の時にもともと備わっているか、備わっているべきものとして契約の内容に含まれている建物の性質・状態が基準となります。
建物の使用収益に著しい支障を生じている場合に、賃貸借契約の時に予定されていた性質・状態まで回復させる義務が生じるのです。
したがって、賃借人は、賃貸借契約の時に予定されていた以上の性質・状態に修繕することを要求できるわけではありません。
建物の性質・状態が不完全なものであっても、それが当初から予定されたものである場合は、完全なものにする義務はないということです。
なお、賃貸借契約時に建物の性質・状態について個別に確認をしていなかったとしても、社会通念上、想定される以上に修繕する義務はありません。
賃料が低額の場合
原則的には賃料の金額は修繕義務の有無に影響しません。
つまり、賃料が低額だからといって修繕義務がないわけではありません。
しかし、修繕費が高額すぎる場合は、賃料が低額であることが理由で修繕義務が否定されることはあります。
賃貸人の修繕義務は、賃借人の賃料支払義務に対応するものであり、経済的には、修繕費は賃借人の支払う賃料によって賄うことを前提としています。
そのため、賃料に比較して不相当に過大な修繕費を要する場合は、修繕義務は負わないとされます(名古屋高裁平成15年9月24日)。