子が大学に進学した場合の養育費について知りたい人「現在、夫と離婚協議中です。長男が私立大学に進学したのですが、よく使われる算定表は大学進学の場合を考慮していないと聞きました。子が大学に進学した場合は大学の費用も養育費として請求できるのでしょうか。」
弁護士の佐々木康友です。
今回は、子の大学進学の費用は養育費として請求できるのかについて説明します。
離婚調停などの実務では、裁判所が公表している改定標準算定方式に基づいて作成された算定表を用いて、離婚後の養育費を算定するのが一般的です。
但し、この算定表は、子が公立中学校・公立高等学校に進学した場合の費用に基づいて算定されており、子が大学に進学した場合の費用については考慮されていません。
そのため、子が大学に進学している場合は、養育費に子の大学進学の費用を含めるように請求する必要があります。
養育費の算定についても算定表は使えないため、個別に計算する必要があります。
今回は、子の大学進学の費用は養育費として請求できるのかについて説明します。
- 子の大学進学の費用を養育費として請求できる場合はどのような場合か
- 養育費の増加額の算定方法は
- 具体的な計算例
なお、養育費全般について知りたい方は次の記事で詳しく説明しているので参考にして下さい。
子の大学進学の費用は養育費として請求できるのか
離婚調停などの実務では、裁判所が公表している改定標準算定方式に基づいて作成された算定表を用いて、離婚後の養育費を算定するのが一般的です。
しかし、改定標準算定方式では、公立中学校、公立高等学校に関する費用は考慮されていますが、それを超える私立学校の費用や大学の費用などは考慮されていません。
そのため、子が大学に進学した場合、改定標準算定方式により算定される教育費を超える費用について、義務者(養育費を支払う親・非監護親)に請求できるのかが問題となります。
結論としては、義務者には、改定標準算定方式において考慮されている公立中学校、公立高等学校に関する費用は支払う義務がありますが、それを超える費用を当然に負担しなければならないわけではありません。
とはいえ、親は、未成熟な子(経済的に自立していない子)に対しては、自己と同一の水準の生活を確保する義務(生活保持義務)を負っています(民法877条1項)。
そして、子がたとえ成人したとしても、大学生である場合には、現に大学を卒業するまでは自ら生活をするだけの収入を得ることはできないのが通常ですから、なお未成年と同視できる未成熟子と考えられます。
そこで、
- 親が大学進学を了承している
- 親が了承していなくても、親にある程度の収入がある
- 親が了承していなくても、親も大学を卒業している
などといった事情があり、子が大学に進学することが不合理なものでなければ、大学卒業まで未成熟子として扱われ、大学進学の費用を養育費として請求することが認められることが多いです。
大学進学の費用を養育費として請求することが認められる場合、改定標準算定方式・算定表において考慮されている教育費を超過する部分を、義務者(非監護親)と権利者(監護親)が按分して負担することになります。
大学進学の費用について、養育費の負担の対象となるものは次のような項目です。
- 大学納付金(授業料)
- 通学費用
- 仕送金(下宿代)
それでは、例えば、子が医学系の大学に進学する場合はどうでしょうか。
医学系大学だと学費が極めて高額となりますが、その場合も、子が未成熟子だという理由で、学費の全額を負担することが求められるのでしょうか。
医学系大学の学費は、通常のサラリーマン家庭では支払いが困難な場合も多いことから問題となります。
この場合は、例えば、義務者(非監護親)自身も医師であるなど、義務者の収入、学歴、地位などから学費負担が不合理でなければ認められます。
一方、学費全額を負担することが不合理とされる場合であっても、国立大学程度、私立大学程度などの一定の金額は負担することが認められることが多いです。
また、未成熟子とはいえ、大学生であれば、アルバイトで学費の一部を賄ったり、奨学金の貸与を受けることもできます。
そこで、実際にアルバイトをしていたり、奨学金の貸与を受けている場合は、養育費の負担額において考慮がされます。
また、権利者・義務者の収入によっては、大学進学の費用の一部は子自身が奨学金やアルバイトで賄うことを予定していたものとして、これを考慮した上で養育費の負担額が定められることもあります。
養育費をいつまで請求できるのかについては、次の記事で詳しく説明していますので参考にしてください。
養育費加算額の計算方法
大学進学の費用を養育費に含める場合は、改定標準算定方式に基づく算定表により養育費を算定することはできませんので、個別に計算する必要があります。
以下に計算手順を示します。
【ステップ1】権利者・義務者の基礎収入の算定
まず、権利者(監護親)と義務者(非監護親)の基礎収入を算定します。
基礎収入とは、総収入から、必要経費(租税公課・職業費・特別経費)を控除したものです。
総収入は、給与所得者の場合は、所得税、住民税、社会保険料等の控除前の収入です。
給与所得者の場合、源泉徴収票であれば「支払金額」、市民・県民税等の課税証明書であれば「給与収入」に記載された金額となります。
自営業者の場合は、総収入は、確定申告書の「課税される所得金額」に記載された金額となります。
必要経費(租税公課・職業費・特別経費)は、個別に計算する必要はなく、統計資料(家計調査年報:総務省)などをもとに、収入ごとに総収入に対する基礎収入の割合は定められています。
基礎収入は次の計算式で求められます。
\(\displaystyle基礎収入=総収入\times基礎収入の割合\)
基礎収入の割合は、次のとおりとなります。
給与所得者と自営業者では割合が異なることに注意が必要です。
総収入(給与所得者) | 基礎収入割合 |
---|---|
0~75(万円) | 54(%) |
~100 | 50 |
~125 | 46 |
~175 | 44 |
~275 | 43 |
~525 | 42 |
~725 | 41 |
~1325 | 40 |
~1475 | 39 |
~2000 | 38 |
総収入(自営業者) | 基礎収入割合 |
---|---|
0~66(万円) | 61(%) |
~82 | 60 |
~98 | 59 |
~256 | 58 |
~349 | 57 |
~392 | 56 |
~496 | 55 |
~563 | 54 |
~784 | 53 |
~942 | 52 |
~1046 | 51 |
~1179 | 50 |
~1482 | 49 |
~1567 | 48 |
租税公課とは所属税・住民税・社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料等)、職業費とは被服費・交通通信費・書籍費・諸雑費・交際費など、特別経費とは住居に要する費用・保険医療費などです。
【ステップ2】義務者(非監護親)の基礎収入のうち、子に割り振られる生活費の算定
次に、【ステップ1】で算定した義務者(非監護親)の基礎収入のうち、子に割り振られる生活費を算定します。
義務者と子が同居していたと仮定して、義務者と子の生活費指数に基づいて、義務者の基礎収入のうち、子に割り振られる生活費を求めます。
ここで、生活費指数とは、基礎収入を権利者(監護親)・義務者(非監護親)・子に割り当てる比率であり、次の数値となります。
当事者 | 生活費指数 |
---|---|
権利者(監護親)・義務者(非監護親) | 100 |
子(0~14歳) | 62 |
子(15歳~) | 85 |
計算式は次のとおりです。
なお、子が複数いる場合は、子の生活費指数は、計算式の分母・分子ともに、子の人数分の生活費指数を合計した数値となります。
\(\displaystyle子の生活費=義務者の基礎収入\)
\(\displaystyle\times\frac{子の生活費指数}{義務者の生活費指数+子の生活費指数}\)
子が複数の場合で、子一人ごとに生活費を算出する場合は、子全員の生活費を子の生活費指数で按分します。
例えば、子が3人(A~C)がいる場合、子Aについての生活費の計算式は次のとおりとなります。
\(\displaystyle子Aの生活費=子全員の生活費\)
\(\displaystyle\times\frac{子Aの生活費指数}{子A~Cの生活費指数の合計}\)
【ステップ3】義務者(非監護親)の分担額の算定
次に、【ステップ2】で算定した子の生活費について、義務者(非監護親)の分担額を算出します。
子の生活費を【ステップ1】で求めた義務者と権利者の基礎収入で按分した額となります。
\(\displaystyle義務者の分担額=子の生活費\)
\(\displaystyle\times\frac{義務者の基礎収入}{権利者の基礎収入+義務者の基礎収入}\)
子が複数の場合で、子一人ごとに分担額を算出する場合は、義務者の負担額を子の生活費指数で按分します。
例えば、子が3人(A~C)がいる場合、子Aについての義務者の分担額の計算式は次のとおりとなります。
\(\displaystyle子Aの分担額=義務者の負担額\)
\(\displaystyle\times\frac{子Aの生活費指数}{子A~Cの生活費指数の合計}\)
【ステップ4】義務者(非監護親)の支払うべき養育費の加算額の算定
以上を踏まえ、子が大学に進学した場合、義務者(非監護親)の支払うべき養育費はどれくらい加算されるのかを算定します。
①子が大学に進学した場合の一年間の教育費を計上する
まず、大学に進学した場合の1年間の教育費を計上します。
教育費に含まれるのは、例えば、次のような費用です。
- 大学納付金(入学金・授業料)
- 教科書代
- パソコン代
- 通学費用
- 仕送金(下宿代)
②改定標準算定方式で考慮されている教育費の計算
大学に進学した場合の教育費の不足額を算定するためには、まず、改定標準算定方式で考慮されている教育費を算定する必要があります。
子の生活費指数に占める教育費の指数は次のとおりとなります。
この教育費の指数を用いて、【ステップ2】で算定した子に割り振られる生活費のうち教育費の金額を算定します。
子の年齢 | 生活費指数 | うち教育費の指数 |
---|---|---|
0~14歳 | 62 | 7 |
15歳~ | 85 | 16 |
計算式は次のとおりになります。
\(\displaystyle改定標準算定方式で考慮されている教育費\)
\(\displaystyle=子の生活費\times\frac{教育費の指数}{子の生活費指数}\)
③義務者(非監護親)の養育費増加額の計算
①で計上した子が大学に進学した場合の教育費から、②で算定した改定標準算定方式において考慮されている教育費を控除すると、教育費の不足額が明らかになります。
この不足額について、義務者と権利者の基礎収入で按分して、義務者の養育費の増加額を算定します。
計算式は次のとおりです。
\(\displaystyle養育費増加額\)
\(\displaystyle=(大学費用-改定標準算定方式の教育費)\)
\(\displaystyle\times\frac{義務者の基礎収入}{権利者の基礎収入+義務者の基礎収入}\)
計算例
これまで説明した内容に基づいて、以下の設例について、義務者(非監護親)の養育費の増加額を計算してみましょう。
- 権利者(監護親):母、年収(給与所得者):300万円
- 義務者(非監護親):夫、年収(給与所得者):700万円
- 子A:19歳、大学1年生、大学費用(学費、交通費等):年96万円
- 子B:12歳、小学6年生
権利者(母)の総収入は300万円ですので、上の【ステップ1】の表によれば、基礎収入の割合は42%になります。
したがって、権利者(母)の基礎収入は次のとおりとなります。
\(\displaystyle3,000,000円\times0.42=1,260,000円\)
一方、義務者(父)の総収入は700万円ですので、同様に、上の【ステップ1】の表によれば、基礎収入の割合は41%になります。
したがって、権利者(母)の基礎収入は次のとおりとなります。
\(\displaystyle7,000,000円\times0.41=2,870,000円\)
上の【ステップ2】によれば、義務者の生活費指数は100、子Aは15歳~なので85、子Bは0~14歳なので62となります。
義務者(父)の基礎収入のうち、子に割り振られる生活費は、上の【ステップ2】の一つ目の計算式にあてはめると次のとおりとなります。
\(\displaystyle2,870,000円\times\frac{85+62}{100+85+62}\)
\(\displaystyle=1,708,057円\)
さらに、子一人あたりの生活費を算定しておきます。
上で算定した子に割り振られる生活費を、子Aの生活費指数85、子Bの生活費指数62で按分して求めます。
上の【ステップ2】の二つ目の計算式にあてはまると、子一人あたりの生活費は次のとおりとなります。
\(\displaystyle子Aの生活費:1,708,057円\)
\(\displaystyle\times\frac{85}{85+62}=987,652円\)
\(\displaystyle子Bの生活費:1,708,057円\)
\(\displaystyle\times\frac{62}{85+62}=720,404円\)
上で算定した子に割り振られる生活費を義務者(父)と権利者(母)の基礎収入で按分して、義務者(父)の分担額を算定します。
上の【ステップ3】の最初の計算式にあてはまると、子の生活費の義務者(父)の分担額は次のとおりとなります。
つまり、改定標準算定方式及びこれに基く算定表により義務者(父)の分担するべき養育費を算定すると、年額1,186,954円、月額98,913円(1,186,954円÷12ヶ月)ということになります。
\(\displaystyle1,708,057円\)
\(\displaystyle\times\frac{2,870,000円}{1,260,000円+2,870,000円}\)
\(\displaystyle=1,186,954円\)
さらに、子一人あたりの生活費の分担額も算定しておきます。
上で算定した義務者(父)の分担額を、子Aの生活費指数85、子Bの生活費指数62で按分して求めます。
上の【ステップ3】の二つ目の計算式にあてはまると、子一人あたりの生活費のの分担額は次のとおりとなります。
\(\displaystyle子Aの分担額:1,186,954円\)
\(\displaystyle\times\frac{85}{85+62}=686,334円\)
\(\displaystyle子Bの分担額:1,186,954円\)
\(\displaystyle\times\frac{62}{85+62}=500,620円\)
子が大学に進学した場合、義務者(父)の支払うべき養育費はどれくらい加算されるのかを算定します。
今回の設例では、大学に進学しているのは子Aです。
まず、上で算定した子Aの生活費のうちの教育費の金額を算定します。
上の【ステップ4】②のとおり、子A(15歳~)の生活費指数85に対する教育費の指数は16です。
これに基いて、子Aの生活費のうちの教育費の金額を算定すると次のとおりとなります。
\(\displaystyle987,652円\times\frac{16}{85}=185,911円\)
子Aの大学進学にかかる費用は、年96万円です。
そうすると、子Aの教育費の年あたりの不足額は次のとおりとなります。
\(\displaystyle960,000円-185,911円=774,089円\)
この不足額を義務者(父)と権利者(母)の基礎収入で按分して、義務者(父)の養育費の増加額を算定します。
上の【ステップ4】③の計算式にあてはめると次のとおりとなります。
つまり、義務者(父)の養育費の負担額は、年額537,926円、月額44,827円(537,926円÷12ヶ月)増加することになります。
\(\displaystyle(960,000円-185,911円)\)
\(\displaystyle\times\frac{2,870,000円}{1,260,000円+2,870,000円}\)
\(\displaystyle=537,926円\)
したがって、子Aの大学進学費用を考慮した後の義務者(父)の養育費支払額は、次のとおり、月額143,740円になります。
\(\displaystyle98,913円+44,827円=143,740円\)