- 養育費について取り決めをしないまま離婚してしまった
- 離婚時に養育費を支払う約束をしたのに元夫・元妻が支払わない
- 養育費の支払いについて調停が成立したのに元夫・元妻が支払わない
離婚後、元夫・元妻にも養育費を支払う義務がありますが、養育費は支払われないことが多いのが現実です。
平成28年全国ひとり親世帯調査結果報告(厚生労働省)によれば、現在も養育費を受けているのは、
- 母子世帯の24.3%
- 父子世帯の3.2%
にすぎません。
子の監護養育にはたくさんのお金がかかります。元夫・元妻からの養育費は、子の監護養育に不可欠なものです。
子の監護養育は成人するまで続きますから、子の監護養育のためにも、できるだけ養育費を支払ってもらえるようにすべきでしょう。
元夫・元妻が養育費を支払わない場合、養育費支払いについて、公正証書、調停調書、審判書、判決書などの債務名義があれば、元夫・元妻の財産に対して強制執行の申立てをすることもできます。
今回は、元夫・元妻が養育費を支払わない場合に支払わせる方法について説明します。
1 親権者でない親にも養育費を支払う義務がある
父母は、離婚後も、子を扶養する義務(扶養義務)があります。
これは、父母と子が直系血族であることから生じる義務です(民法877条1項)。
ですから、離婚して親権者とならなかった親にも、もちろん子に対する扶養義務があります。
父母と子の親子関係に基づく義務ですから、離婚後だけでなく、別居中である場合や、そもそも結婚していない場合(未婚の父・母)も含まれることが重要です。
民法877条(扶養義務者)
1 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
子に対する扶養義務は、生活保持義務とされます。
つまり、扶養義務者である親は、子に対して、自分と同程度の生活をさせる義務があるのです。
したがって、義務者は、自分の生活を犠牲にしない範囲で、子を扶養すれば済むわけではありません。
一方で、親権者である親は、子を監護養育する義務があります(民法820条)。
民法第820条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
親権者が子を監護養育するには、当然ですが、子の生活費(養育費)がかかります。
親権者でない親も、子に対する扶養義務があるのですから、親権者である親は、親権者でない親に対して、子の監護に要する費用として(民法766条1項)、養育費の支払いを求めることができます。
2 養育費が支払われない現実
親権者でない親にも養育費を支払う義務がありますが、養育費は支払われないことが多いのが現実です。
平成28年全国ひとり親世帯等調査結果報告によれば、養育費の取り決めをしているのは、母子世帯の43%、父子世帯の21%です。
そして、現在も養育費を受けているのは、母子世帯24.3%、父子世帯の3.2%にすぎません。
3 養育費を強制的に支払わせる方法
元夫・元妻が養育費を支払わない場合、強制的に支払わせるにはどのような方法があるのでしょうか。
元夫・元妻に養育費を強制的に支払わせることができるかは、債務名義があるかによります。
3-1 債務名義がある場合
債務名義(民事執行法22条)とは、債権者に執行機関(執行裁判所又は執行官)の強制執行によって実現されるべき債権の存在および範囲を公的に証明した文書です。
要するに、債務名義があれば、債務者(養育費を支払わない親)の財産に対して強制執行の申立てをすることができるのです。
債務名義となるものは、民事執行法22条に列挙されています。ここに列挙されているものだけが債務名義です。それ以外の文書は、債務名義にはなりません。
養育費について考えられる債務名義には次のものがあります。
- 養育費の支払いについて公証人が作成した公正証書で、支払いを怠った場合、債務者が直ちに強制執行に服することが記載されているもの(執行証書)(民事執行法22条5号)
- 調停調書(7号)
- 確定した審判書(3号)
- 確定した判決書(1号)
債務名義がある場合、養育費を強制的に支払わせるため、次の手段を採ることかできます。
3-1-1 直接強制執行
直接強制執行とは、債務者(養育費を支払わない親)の財産を差し押さえ、お金に換えるなどして、養育費を強制的に支払わせる方法です。
債務者に差し押さえるべき財産があることが前提となりますが、債権者は、債務者に養育費の未払いがある場合、地方裁判所に債務者の財産の差押えの申立てをすることができます。
通常、差押えの対象となるのは、次のような財産です。
- 土地
- 建物
- 自動車
- 給与
- 銀行預金 等
養育費の請求の場合、これらのなかでも、特に債務者の給与を差し押さえるべきと考えられます。
その理由は、債務者の給与については、支払期限が到来した未払いの養育費とあわせて、支払期限の到来していない将来分の養育費についても、一括して差押えをすることができるからです。
そもそも、強制執行の申立ては、支払期限が到来した未払いの養育費についてしか行うことができないのが原則です(民事執行法30条1項)。
支払期限の到来していない将来分の養育費については、現時点では未払いになるかわからないからです。
しかし、養育費のように、毎月一定額が支払われるものである場合、過去分に未払いが発生していれば、将来分も未払いとなる可能性が高いです。
それなのに、原則を貫いて、支払期限が到来した未払いの養育費しか、強制執行の申立てができないとすると、債権者は、未払いが発生するごとに強制執行の申立てを繰り返さなければならないことになります。
責められるべきなのは、養育費を支払わない債務者のはずなのに、債権者にこのように過度の手間を強いるのは公平ではありません。
そこで、次のとおりとなっています。
- 債務者の給与に対する差押えの効力は、差押え後に債務者に支払われる給与にも及ぶ(民事執行法151条)
- 支払期限が到来した未払いの養育費とあわせて、支払期限の到来していない将来分の養育費についても、一括して強制執行の申立てをすることができる(民事執行法151条の2)
つまり、1回の差押えにより、将来の養育費についても、債務者の毎月の給与から継続して支払わせることができることになります。
なお、給与だけでなく、役員報酬、賃料収入など他の継続的に給付される債権に対する強制執行の申立ての場合も同様となります。
3-1-2 間接強制執行
間接強制執行とは、一定の期間内に養育費を支払わないときは、直ちにペナルティー(間接強制金)の支払いを命じることによって心理的圧迫を与え、自発的に養育費を支払うように促す方法です。
債権者は、債務者に養育費の不払いがある場合、家庭裁判所に間接強制の申立てをすることができます(民事執行法172条1項)。
養育費についての間接強制執行は、すでに発生している不払いのみならず、6ヶ月以内に支払期限の到来するものについても間接強制執行が可能となります(民事執行法167条の16)。
3-1-3 履行勧告
債務者が、調停・審判で定められた養育費を支払わない場合、家庭裁判所は、債権者の申出に基づき、債務者に対し履行を勧告できます(家事事件手続法289条)。
家庭裁判所には電話で申し立てることができます。正式の申立書を用意する必要はありません。費用もかかりません。
家庭裁判所が、書面で通知したり、電話をかけたりして、債務者を説得したり、養育費の支払いを勧告したりします。
履行勧告に従わなくてもペナルティーはないので、強制力があるわけではありませんが、家庭裁判所から書面で通知されたり、電話で説得されれば、重大なことだと思って従う債務者もいます。
養育費の不払いが発生した場合、即座に取り得る手段としては有効です。
3-2 債務名義がない場合
- 養育費について何の取り決めもしていない
- 養育費を支払うことについて口頭の合意があった
- 養育費を支払うことについて離婚協議書を作成した
こういった場合、債務名義はありません。強制執行の申立てができませんから、親権者でない親に養育費を支払わせることができません。
そこで、まずは債務名義を取得する必要があります。
債務名義を取得する方法は、
- 調停の申立て
- 訴訟の提起
が考えられますが、いずれの手段を採るべきかは慎重に判断する必要があります。
3-2-1 調停申立て
- 養育費について何の取り決めもしていない
- 養育費を支払うことについて口頭の合意があったが、それを証明する証拠がない
こういった場合、家庭裁判所に養育費請求調停を申し立てる方がよいと思われます。
訴訟では、請求の裏付けとなる証拠の有無が重視されます。訴訟を提起しても、証拠がなければ、裁判所が親権者の請求する養育費の金額を認めてくれる可能性は低いからです。
調停はあくまでの当事者の話合いです。
合意ができずに調停不成立となることもありますが、その場合は審判に移行し(家事事件手続法272条4項)、家庭裁判所が、父母の収入状況、扶養家族の状況などを踏まえて、算定表に基づいて、相場に近い養育費を決定してくれます。
3-2-2 訴訟提起
- 養育費を支払うことについて口頭の合意があり、それを証明することもできる
- 養育費を支払うことについて離婚協議書を作成した
このように請求の裏付けとなる証拠があり、しかも、相場よりも高い金額の養育費の支払いの合意がある場合は、調停ではなく、訴訟を提起する方がよいと思われます。
合意内容通りに調停が成立すればよいですが、審判へ移行した場合、裁判所は、合意内容とは関係なく、相場に近い養育費を決定してしまうからです。
4 直接強制執行の申立手続
4-1 差押えの対象の特定
債務者の財産に対して直接強制執行の申立てをするには、債務者のどの財産を対象とするのかを特定する必要があります。
財産 | 特定すべき内容 |
---|---|
預貯金 | 債務者の預貯金を取り扱う金融機関名、店舗(支店等)等 |
給与 | 債務者の勤務先の名称、所在地等 |
不動産 | 債務者の所有する不動産の所在、地番等 |
これまで、
- 債務者の預貯金を差押えたくても、債務者が預貯金口座を移動させたため、金融機関の支店名がわからない
- 債務者の給与を差し押さえたくても、債務者が転職していて勤務先がわからない
といった理由で、養育費についての強制執行の申立てを断念していたケースも多かったのですが、強制執行について定めた民事執行法が改正されて、これまで債務者の財産の特定がしやすくなりました。
4-1-1 第三者からの情報開示制度
債務名義があれば、地方裁判所に対し、債務者の財産に関する情報開示の申立てをすることができることになりました。
ただし、債務者の勤務先と不動産に関する情報取得手続については、それに先立って、次に述べる債務者の財産開示手続を実施する必要があります(預貯金等に関する情報取得手続については必要はありません。)。
なお、債務者の勤務先に関する情報取得手続の申立てをすることができるのは、
- 養育費等
- 生命又は身体の侵害による損害賠償金
の支払いについての債務名義に限られます。
情報 | 取得先 |
---|---|
勤務先 | 市区町村役場、日本年金機構、各共済組合 等 |
預貯金、上場株式、国債 等 | 銀行、信用金庫、労働金庫、農業協同組合、証券会社 等 |
不動産 | 登記所(法務局)(2021年5月14日までに施行予定) |

4-1-2 財産開示制度
債務名義があれば、地方裁判所に対し、債務者を裁判所に呼び出し、どんな財産をもっているか裁判官の前で明らかにさせる申立てができます。
調停調書(民事執行法22条7号)、確定した審判書(3号)、確定した判決書(1号)のほかに、今回の法改正で、公正証書に養育費の支払いについて定められている場合(執行証書)も対象となりました。
また、これまでは、債務者が財産開示期日に欠席しても、30万円の過料に処されるだけでしたが、今回の法改正により、6ヶ月以下の懲役又は50 万円以下の罰金、つまり刑罰に処されることになりました。

4-2 強制執行の申立て
債権者が、未払いの養育費を回収するために、債務者の給与の差押えの申立てをする場合の提出書類等は次のとおりです。
各地方裁判所によって提出書類等が異なる場合があるので、必ず管轄の地方裁判所に確認してください。
なお、書式などについては東京地方裁判所のホームページも参考にしてください。
- 提出書類:
・債権差押命令申立書(表紙・当事者目録・請求債権目録・差押債権目録)
・第三債務者に対する陳述催告の申立書(必要な場合)
・執行文の付された債務名義の正本
・送達証明書・資格証明書(債務者が法人の場合) - 申立手数料:収入印紙4,000円分(債権者1人・債務者1人・債務名義1通の場合)
- 切手代:3,500円程度(債権者1人、債務者1人、第三債務者1人の場合)
※各地方裁判所によって必要な切手代が異なる場合があります。
5 まとめ
今回は、親権者でない親が養育費を支払わない場合に支払わせる方法について説明しました。
民事執行法の改正により、未払いの養育費の回収はしやすくなったと考えられます。
以前と比べ、親権者でない親が養育費を支払わなくても、親権者が、諦めたり、泣き寝入りをしたりすることが減ることが期待されます。
- 親権者でない親は、親権者である親に対して、子の監護に要する費用として、養育費の支払いを支払う義務がある
- 親権者でない親から養育費を受けているのは、母子世帯24.3%、父子世帯の3.2%にすぎない
- 債務者の給与に対する差押えの効力は、差押え後に支払われる給与にも及ぶ
- 支払期限が到来した未払いの養育費とあわせて、支払期限の到来していない将来分の養育費についても、一括して強制執行の申立てをすることができる
- 債務名義がない場合、債務者に養育費を支払わせるためには、調停申立て、訴訟提起が考えられるが、いずれの手段を採るべきかは、父母間の養育費についての取り決めの証明が可能かどうかによる
- 債務名義があれば、地方裁判所に対し、債務者の財産に関する情報開示の申立てをすることができることになった
- 債務者が財産開示期日に欠席すると、6ヶ月以下の懲役又は50 万円以下の罰金に処されることになった
コメントを残す