遺留分侵害額請求の時効について知りたい人「遺留分侵害額請求をしたいけど、時効があるみたいですね。時効になるとどうなってしまうのかな。時効にならないにはどうすればよいのかな。」
弁護士の佐々木康友です。
今回は、遺留分侵害額請求権の時効について説明します。
遺留分侵害額請求権の時効はたったの1年です。
時効が完成すると遺留分侵害額請求権は消滅してしまい、取り返しのつかないことになりますので、期限内に確実に遺留分侵害額請求をする必要があります。
遺留分侵害額請求をするのに裁判を提起する必要はなく、配達証明付き内容証明郵便などですることができますし、具体的な金額を明示する必要ありませんから、比較的容易に行うことができます。
今回は、どのような条件が満たされると、遺留分侵害額請求権の1年の時効が完成するのか、遺留分侵害額請求権の時効完成を阻止するにはどうすればよいのかについて説明します。
- そもそも遺留分とは
- どのような場合に遺留分侵害額請求ができるのか
- 遺留分侵害額請求権の時効の1年が過ぎると遺留分侵害額請求ができなくなる
- 請求は配達証明付き内容証明がベスト(ひな形あり)
- 請求後は速やかに協議を開始すべき(5年の金銭債権の消滅時効に注意)
- 相手が協議に応じないか協議がまとまらない場合は調停申立て
- 遺言無効の可能性があっても請求した方が安全
遺留分とは遺産の最低限の取り分
そもそも遺留分とは何かを確認しておきましょう。
遺留分とは、被相続人の財産のうち、相続人に取得することを保障されている最低限の取り分をいいます。
家族が亡くなったら、家族の相続人は、民法に定められた法定相続分に従って遺産を相続できると期待するのが普通です。
しかし、実際には、その期待どおりに相続できるとは限りません。
- 亡くなった父が遺言書を作成していて遺産は全部兄が相続することになっていた。
- 母の生前、姉が母から多額の現金を贈与されていたことが分かった。
- 亡くなった父が、全財産を公益法人に寄付する遺言を作成していた。
このように、相続人のうちの一人や第三者に遺産を独占させる遺言が作成されたり、生前贈与が行われることによって、相続できる遺産が、法定相続分と比べて著しく少なくなる場合があります。
確かに自分の財産をどのように処分するかは、基本的には被相続人の自由ですが、少なくとも法定相続分にしたがって遺産を相続できると期待していた相続人が納得できないのも理解できます。
そこで、民法では、被相続人の財産処分の自由と相続人の期待のバランスを図り、相続人に対し、被相続人の財産から取得できる最低限の取り分を保障しています。
これを遺留分といいます。
遺留分とは、被相続人の財産の総額に対する一定割合の金額を得ることを保障するものです(民法1042条1項)。
不動産・現金・預貯金・有価証券などの被相続人の遺産のうち、具体的な財産の取得を保障するものではないことに注意が必要です。
そのため、相続人の一人に遺産の大部分を遺贈する遺言があったり、生前贈与があったりして、他の相続人の相続できる遺産が遺留分に満たなかったとしても、相続人の一人に対する不動産・現金・預貯金・有価証券などの遺贈や生前贈与の効力が否定されるわけではありません。
次に述べるとおり、遺留分を侵害している受遺者・受贈者に対し、遺留分侵害額請求権として金銭の支払いを請求できることになります。
相続人が取得する財産の価額が遺留分に満たない場合に遺留分侵害額請求ができる
被相続人の遺言や生前贈与により他の相続人や第三者が財産を得たため、相続人が取得する財産の価額が遺留分に満たない場合、遺留分が侵害されていることになります。
この場合、遺留分を侵害されている相続人は、遺留分を侵害している受遺者(遺贈により財産を取得した人)や受贈者(生前贈与により財産を取得した人)に対し、遺留分侵害額請求権を行使できます。
受遺者、受贈者には、第三者だけではなく相続人も含まれます。実務上も多くの場合、受遺者や受贈者となるのは相続人です。
簡単にいうと、相続人の遺留分の価額と相続人の取得する財産の価額の差額が遺留分侵害額となります。
つまり、〔相続人の取得する財産の価額〕<〔相続人の遺留分の価額〕の場合(取得する財産に不足が生じている場合)、遺留分侵害額請求権が発生します(実際の計算式はもっと複雑です。)。
〔遺留分侵害額〕=〔相続人の遺留分の価額〕-〔相続人の取得する財産の価額〕
上でも述べましたが、遺留分とは、被相続人の財産の総額に対する一定割合の金額を得ることを保障するものです。
不動産・現金・預貯金・有価証券など、被相続人の具体的な財産の取得を保障するものではありません。
そのため、遺留分侵害額請求権は、被相続人の具体的な財産の取得を請求できるものではなく、遺留分侵害額相当の金銭の支払いを請求することができることになります。
遺留分侵害額の計算方法は次の記事で詳しく説明しています。
ちなみに、遺留分を放棄することもできます。
しかし、相続開始前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です。
遺留分の放棄について詳しく知りたい方は次の記事で詳しく説明しています。
>>遺留分の放棄について
遺留分侵害額請求権の時効はたったの1年
遺留分侵害額請求権の時効はたったの1年です。
時効になると(一定期間が経過して時効となることを法律用語で「時効が完成する」といいます)遺留分侵害額請求権は消滅してしまいます。
それでは、いつから1年たつと時効が完成するのかということですが、
①相続の開始
②遺留分を侵害する贈与又は遺贈
をどちらも知った時から1年で時効が完成します(民法1048条)。
つまり、①を知った時と②を知った時のどちらか遅い方から1年で時効が完成するということです。
通常は、相続の開始(①)を知った後、遺言書などによって、遺留分が侵害されている(②)を知るというパターンが多いと思います。
ここで参考に民法の条文を示しておきましょう。
民法1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
ここで、①と②の意味を簡単に確認しておきましょう。
①相続の開始
「相続の開始を知った時」とは、被相続人が亡くなったことを知った時です。
民法では「相続は、死亡によって開始する。」とされているからです(民法882条)。
②遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知った時
「遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知った時」は少し複雑です。
単に贈与又は遺贈があったことを知っただけではなく、その贈与又は遺贈が「遺留分を侵害する」ものであることを知った時になります。
例えば、相続が開始されたことも、贈与又は遺贈があったことも知っていたけど、相続財産の全額が不明であったので、遺留分が侵害されることが分からなかったという場合があります。
また、相続人が被相続人の財産を正確に把握しているとは限りません。
遺産が分散していて確定に時間が掛かる場合もあります。
全額が把握できた段階で初めて、遺留分が侵害されていることが分かったという場合は、その全額が把握できた時から1年で時効が完成します。
なお、ここでは、知っていたかどうかが問われていて、知らなかったことに過失があったとか、落ち度があったとかは問われていません。
とはいえ、後々、いつ遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知ったのかについて、相続人間で争いになるおそれもありますから、相続財産の全額が把握できていなくても、遺留分が侵害されたおそれがある場合は、速やかに遺留分侵害額請求をしておいた方が無難でしょう。
以上のとおり、
①相続の開始
②遺留分を侵害する贈与又は遺贈
をどちらも知った時から1年で、遺留分侵害額請求権の時効が完成しますので注意しましょう。
これまで説明した時効のほかに、相続の開始から10年たっても遺留分侵害額請求権は消滅します。
相続の開始や遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知らなくても、10年たつと消滅してしまいます。
こちらは時効ではなく、除斥期間といいます。
ただし、まず、特に注意すべきなのは、1年の時効の方であることは言うまでもありません。
時効となると遺留分侵害額請求ができなくなる
時効となると遺留分侵害額請求権は消滅してしまい、遺留分を侵害している相続人・受贈者に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できなくなります。
つまり、不公平な内容の遺言書も受け入れざるを得なくなるということです。
こうなると、遺留分権利者(遺留分侵害額請求をする人)としては致命的ですので、必ず時効になる前に遺留分侵害額請求をしましょう。
遺留分侵害額請求の方法
遺留分侵害額請求権が時効にならないようにするには、1年以内に遺留分侵害額請求をすることです。
一度だけ請求すればよく、何度も請求する必要はありません。
とにかく1年以内に請求することが必要です。
それでは、いつ・だれに・どのような方法で遺留分侵害額請求をすればよいかまとめておきましょう。
いつ(1年以内に)
繰り返しになりますが、
①相続の開始
②遺留分を侵害する贈与又は遺贈
をどちらも知った時から1年以内に請求する必要があります。
1年以内に、遺留分侵害額請求をする相手方に意思表示が到達する必要があります。
誰あてにするか
遺留分を侵害している相続人・受贈者全員に対して請求します。
誰か一人に請求すれば済むものではないので注意してください。
遺留分を侵害している相続人・受贈者全員に個別に請求する必要があります。
とはいえ、相続人・受遺者のうち誰が遺留分を侵害しているのか確定できない場合も多いです。
遺留分権利者には、遺産の内容が知らされていなくて、生前贈与も秘密にされていることが多いからです。
その場合は、遺留分を侵害している可能性のある相続人・受贈者に対しては、念のため漏れなく請求をしておきましょう。
時効の1年を過ぎてしまうと取り返しのつかない事態となるので、何よりもそれだけは避けましょう。
具体的な金額の明示は不要
遺留分侵害額請求をするにあたり、具体的な金額を明示する必要ありません。
遺留分を侵害されたので、その侵害額を請求する。
ことが明らかにされていれば足ります。
つまり、金額が分からなくても、遺留分侵害額を請求すると意思表示しておきさえすればよいのです。
具体的な金額については、1年を過ぎた後、金額が確定してから改めて請求すればよいでしょう。
もちろん、金額が確定できれば明示しても構いませんが、遺留分侵害額請求をする時点では、金額までは確定できない場合が多いと思います。
いまいな金額を書くくらいならば、書かない方がよいです。
配達証明付き内容証明で通知する(裁判手続は不要)
遺留分侵害額請求は文書で行いましょう。
遺留分侵害額請求権の行使自体に裁判所の手続は必要ありません。
ただし、文書で通知すれば何でも良いわけではなく、配達証明付き内容証明とするのがベストです。
配達証明付き内容証明ならば、
・配達した日付
・送付した文書の内容
を記録に残しておくことができるからです。
こうしておけば、「受け取っていない」「そんな内容ではなかった」とトラブルになることを防ぐことができます。
なお、口頭で伝えることも可能ですが避けた方がよいです。
後で言った言わないの話になるおそれがあるからです。
遺留分侵害額請求を内容証明で行う場合については、次の記事で詳しく説明しています。
以上、遺留分侵害額請求の方法ですが、おさらいしておくと次のとおりに行うのがよいです。
- 1年以内
- 対象は全ての相続人・受贈者
- 具体的な金額は明示しない
- 配達証明付き内容証明
参考に遺留分侵害請求書のサンプルを掲載します(実際に発送する場合は、あらかじめ専門家に相談するなどして、皆様ご自身の責任でお願いします。)。
遺留分侵害請求書のサンプル
請求後は速やかに協議を開始すべき(金銭債権の5年の時効に注意)
遺留分侵害額請求をしたら、相手方と速やかに協議を開始しましょう。
相手方が金銭を支払ってくれればよいのですが、そのようなケースは少ないでしょう。
相手方が支払ってくれないのならば、遺留分権利者から協議の申入れをしなければなりません。
遺留分侵害額請求をすれば、もう時効の心配はいらないと考えるかもしれませんが、実際にはそう簡単にはいきません。
遺留分侵害額請求権は金銭債権なので、遺留分侵害額請求をした時から一般的な金銭債権の5年の時効が進行していくのです(民法166条1項1号)。
ここで参考に民法の条文を示しておきましょう。
民法166条1項(債権等の消滅時効)
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
①債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
②権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
そのため、遺留分侵害額請求をした後、何もしないまま5年が経過すると遺留分侵害額請求権は、やはり時効により消滅してしまうので注意してください。
相手が協議に応じない、協議がまとまらない場合は調停申立て
相手が協議に応じなかったり、協議には応じてもまとまらない場合、協議がまとまらない状態を長期間放置してはいけません。
早々に見切りをつけて、速やかに家庭裁判所に調停を申し立てましょう。
理由は、上に述べたとおり、金銭債権の5年の消滅時効が進行していくためです。
協議をしていたら5年が過ぎてしまった…というのでは取り返しがつきません。
調停を申し立てれば、調停が行われている限りは時効の完成を免れることができます(民法147条1項3号)。
なお、調停が成立することなく終了した場合は、調停終了から6ヶ月以内に訴訟提起をすれば、時効は完成しません(民法147条1項柱書括弧書)。
遺留分侵害額請求調停についてはこちらの記事で詳しく説明していますので参考にしてください。
まずは家庭裁判所に調停を申し立てましょう。
いきなり訴訟を提起することもできますが、通常は、家庭のことはまずは当事者間で話し合ってくださいということで、調停に回されてしまうことが多いです。
これを調停前置といいます(家事事件手続法257条)。
遺言無効の可能性があっても請求した方が安全
不公平な内容の遺言書が発見されても、その遺言が無効であると信じていて、遺留分侵害額請求をすることに考えが至らない場合があります。
また、遺留分侵害額請求をするということは、遺言が有効であることを認めることであり、遺言が無効であると主張することと矛盾するとも思えます。
しかし、遺言が無効であると主張している場合であっても、万一、遺言が有効とされてしまう場合に備え、遺留分侵害額請求をすることは妨げられません。
遺言が有効とされ、その上、遺留分侵害額請求権も時効で消滅する事態となってしまっては取り返しがつきませんので、そういった場合に備え、必ず遺留分侵害額請求をしておくべきです。
まとめ
今回は、遺留分侵害額請求の時効について説明しました。
ポイントをまとめると、
- 遺留分とは、相続人に保障されている遺産の最低限の取り分
- 相続人が取得する財産の価額が遺留分に満たない場合に遺留分侵害額請求ができる
- 遺留分侵害額請求権の時効はたったの1年
- 時効が過ぎると遺留分侵害額請求ができなくなる
- 時効が過ぎないように1年以内に相手方に請求しましょう
- 請求は配達証明付き内容証明がベスト
- 請求後は速やかに協議を開始すべき(金銭債権の5年の時効に注意)
- 相手が協議に応じない、協議がまとまらない場合は調停申立て
- 遺言無効の可能性があっても請求した方が安全
ということになるでしょう。
最も重要なのは、1年の時効が完成する前に遺留分侵害額請求を行うことです。
裁判手続によらずに文書の通知でできます。
具体的な金額の明示もとりあえずは不要です。
比較的容易にできることですので速やかに行いましょう。
具体的な金銭の請求は、その後じっくりと腰を据えて行えばよいと思います。