内定とはどういうことなのか知りたい人「大学4年生ですが、やっと内定を頂きました。内定通知書も送られてきて、内定承諾書も提出しました。今後、内定取消しとかはありませんよね。就職活動はやめても大丈夫でしょうか。」
弁護士の佐々木康友です。
これまでの業務経験を踏まえて、こういった疑問に答えます。
- 日本の会社が内定を出す理由
- 内定も労働契約の一つ(始期付解約権留保付労働契約)
- 内定取り消しが許される場合と許されない場合
- 違法な内定取り消しの救済方法
- 内々定とは
- 内定直前で一方的に交渉を打ち切られた場合
- 内定辞退は自由にできる
就職希望者が採用の内定を受けると、会社から内定通知書が送られてきて、会社に内定承諾書を提出するのが一般的だと思います。この会社から内定を受けて、内定承諾書を提出するのは法律的にはどういう意味なのでしょうか。
そもそも、採用の内定とは何なのでしょうか。あまり意味を考えておらず、内定が得れば入社できると考えている方もいるかもしれません。
もちろん、多くの場合は、内定を得ればそのまま問題もなく入社します。しかし、入社前に内定が取り消されたというケースもあり得ます。
内定は、始期付解約権留保付労働契約といわれる場合があります。その場合、内定の法律的な意味を理解しておかないと、内定取消しを受けた際などに適切に対処できないことにもなりかねません。そこで、今回は内定の法律的な意味ついて説明します。
なぜ日本企業は内定を出すのか
日本では、高校3年生、大学4年生などの卒業予定者が就職活動をして、会社から採用の内定を得て、卒業と同時に翌年の4月から働くという新卒一括採用が一般的となっています。
海外では、日本のような新卒一括採用ではなく、空いたポストがあれば、新卒・途採用関係なく採用するシステムが一般的なようです。
日本で新卒一括採用が発展したのは、日本では、これまで会社に就職すると定年退職まで転職しないことが一般的だったからです。だからこそ、若い新卒者を採用し、研修により一から教育して、長期間働いてもらうという慣行が続いてきたのですね。
長期間働いてもらうのだから、できるだけ優秀な若者を採用したい。そのためには、卒業前に、他の会社より先に優秀な人材を確保しておきたい。
こういった考え方から、会社の採用活動はどんどん前倒しに進められていきました。青田買いという言葉はこのことを象徴しています。
そうすると、入社の何ヶ月も前に、会社は採用活動を終えて、入社予定者を決定することになります。その場合、会社が、入社予定者に対して出すのが内定ということになります。
しかし、この内定という言葉、何となく会社に都合のよい言葉に思えませんか。「内々に決定しているだけで、正式に決定しているだけではないので、事情があったら採用は取り消します」というニュアンスがにじみ出ていると思いませんか。
採用の内定から入社までかなり期間が開くことも多いです。その間に会社の業績が急激に悪化して、新規採用ができない状況に追い込まれて、内定が取り消されたことなども実際にあり得ます。コロナ禍による業績悪化を理由に内定を取り消された事例は枚挙にいとまがありません。
その場合、諦めるしかないのか。内定が出ている以上は入社することができるのか。内定とは法律的にはどういう意味があるのかについて理解しておく必要があります。
内定の意味
内定は労働契約か
内定について考える前に、会社で働くことの基本的な意味を確認しておきましょう。
会社で働いているあなたは、会社との間に何の契約もないまま働いているわけではありません。会社と労働者は労働契約を締結しています(労働契約法6条)。
労働契約法6条(労働契約の成立)
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
では、内定をもらった就職希望者は、いつ会社との間で労働契約を締結するのでしょうか。
新卒採用の場合、内定が出た後はそのまま入社ということも多いです。入社前に労働契約書を取り交わすことも多くはないようです。賃金、労働時間、勤務地などについて記載された労働条件通知書も入社時に交付されることが多いようです。
労働基準法15条では、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないとされています。この労働条件を記載した書面を労働条件通知書といいますが、新卒採用の場合、交付される時期は会社によって様々のようです。
そうすると、労働契約を締結するのはいつなのか。採用の内定時なのか。来年の4月1日に入社した時なのか。
就職希望者が、会社にエントリーシートを提出して、書類選考に通過すると、会社説明会、筆記試験と続き、面接試験も通過すれば内定通知書が届くというのが一般的な流れだと思います。
そうすると、就職希望者のエントリーシート提出が労働契約の申込みとなり、会社の内定通知書の交付によって労働契約が成立するとも考えられます。
しかし、実際の求人募集、内定、入社までの過程は、会社によって様々ですので、会社と就職希望者との間に、具体的にどのようなやり取りがあったかを検討し、いつ労働契約が締結されたかを見極める必要があります。
始期付解約権留保付労働契約
このように、新卒採用の場合に労働契約がいつ締結されるかについては、会社によって様々と考えられます。
しかし、会社が就職希望者に対して内定通知書を送付し、これに対して、就職希望者が内定承諾書を提出するというのが多いパターンでしょう。
この場合について、内定の時点で労働契約が成立したという最高裁判所の判例があります。
最高裁判所昭和54年7月20日判決民集33巻5号582号
「 企業の求人募集に対する大学卒業予定者の応募は労働契約の申込であり、これに対する企業の採用内定通知は右申込に対する承諾であつて、誓約書の提出とあいまって、これにより、大学卒業予定者と企業との間に、就労の始期を大学卒業の直後とし、それまでの間誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したものと認めるのが相当である」
この判例からわかるポイントとしては、
- 新卒者が、会社にエントリーシートを提出することは、労働契約の申込みにあたる
- 会社が、新卒者に対して内定をすることは、労働契約の申込みに対する承諾にあたる
ということでしょう。
上記の判例では、「誓約書の提出とあいまって」と記載されていますが、通常、契約は、申込みに対する承諾のあった時点で成立しますから、上記の判例も、内定の時点で労働契約が成立したという理解であると思われます。
上記の判例にいう「就労の始期を大学卒業の直後とし、それまでの間誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約」は、始期付解約権留保付労働契約と呼ばれます。
- 「始期付」とは、就労の義務は、大学卒業直後より発生すること
- 「解約権留保付」とは、内定通知書や誓約書(内定承諾書)に記載された内定取消事由が発生した場合には労働契約を解約できること
を意味しています。
最高裁・下級審のいずれでも、この考え方に従った判断がなされていますので、現在の実務における常識だと考えられます。
内定承諾書には、通常、「入社を承諾します」「正当な理由なく入社を拒否しません」などの文言が記載されており、これに署名・押印することによって、入社を誓約したことになります。しかし、労働契約が成立している以上、内定者は労働者ですから、いつでも労働契約の解約を申し入れることができて、申入日から2週間が経過すれば、労働契約は終了します(民法627条1項)。したがって、内定辞退ができなくなるわけではありません。
内定承諾書に記載されている内定取消事由に該当するからといって、会社が内定取消しができるとは限りません。会社には解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用されますから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は内定取消しできません。
内定取消しは許されるのか
内定取消しの適法性
内定通知書や誓約書(内定承諾書)には、内定取消事由が発生した場合には内定を取り消すことができると記載されています。
しかし、内定取消事由は漠然とした表現とされいていることが多いです。就活生は内定を受けると就職活動を終了するのが通常です。 それなのに、入社間際になって、採用内定が取り消されるとどうなるでしょう。おそらく、他の会社も採用活動を終了していますから、今更、他の会社の採用試験を受けることもできません。
何でもかんでも内定取消事由に該当するとして、会社に都合よく内定取消しをされたらたまりません。
内定は、「始期付」「解約権留保付」といった制約はあっても労働契約です。会社による内定取消しは、会社がすでに成立している労働契約を一方的に解約することを意味します。労働者の権利を守る観点からも簡単に労働契約の解約が認められるべきではありません。
そこで、裁判所では、解雇の場合と同様、内定取消しについても、客観的に合理的な理由で、社会通念上相当と認められない限り無効とされています。
労働契約法16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
これを解雇権濫用法理といい、実際には解雇もやむなしという程度の理由がなければ、客観的に合理的な理由で、社会通念上相当とは認められません。そういう意味では、労働者にとっては有利な条項といえるでしょう。
採用内定時に労働契約が成立している場合、内定取消しは、すでに成立している労働契約を一方的に解約するものですから、解雇の場合と同様に考えるべきです。具体的には、最高裁判例で次のとおり述べられています。
最判昭和54年7月20日民集33巻5号582号
「企業の留保解約権に基づく大学卒業予定者の採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」
なお、入社予定者が会社に対して提出する誓約書には、成績不良による卒業延期、健康状態の著しい悪化、虚偽申告の判明、逮捕・起訴猶予処分を受けたことなどが、内定取消しの理由として記載されていることが多いですが、客観的に合理的で社会通念上相当と認められる理由であれば、内定取消し理由としては、誓約書に記載された理由に限りません。
内定取消しの具体例
内定取消しが有効とされた場合
- 公安条例違反で逮捕され起訴猶予処分とされた場合
- 経営悪化により、内定取消しに止まらず、正社員の整理解雇も行った場合
内定取消しが無効とされた場合
- グルーミー(陰気)な印象であることを理由に内定取消しとした場合
- 内定通知をしておきながら、役員会の承認が得られなかったとして内定取消しをした場合
違法な内定取消しの救済方法
内定取消しが違法である場合、入社予定者は、会社との労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求をすることができます。
また、会社に対しては、誠実義務違反としての債務不履行、期待権侵害としての不法行為に基づく損害賠償請求もすることができます。
なお、関連するものとして、内定後、内定者がHIVに感染していることが明らかになった場合に内定取消しができるかどうかについて説明した記事がありますので参考にしてください。
採用内々定
採用内定の前に、「内々定」が出されることも多いですよね。この内々定の法律的な意味はどうなるのでしょうか。
これも、採用内定の場合と同様、内々定の文言・形式から、その法律的な意味が分かるわけではありません。あくまでも、会社と就職希望者との間に具体的にどのようなやり取りがあったかを検討する必要があります。
会社から間違いなく採用するという話があったか(明言するものでなくても、それを確信させる言動があったか)、他社の就職活動を継続することが可能な状況にあったかなどが個別具体的に検討されることになります。
もし、会社から間違いなく採用するという話があって、他社の就職活動を継続することが困難な状況であったとしたら、内々定時に労働契約が成立したと判断される可能性は高まります。
労働契約が成立していない時点で交渉を打ち切りされた場合
労働契約が成立したとは言えない段階で、会社から誠意のない形で交渉を打ち切りされた場合には、泣き寝入りするしかないのでしょうか。
会社と採用希望者との間で、採用に向けた具体的な交渉の段階に入り、相互間に特別の信頼関係が生じた後は、会社、採用希望者ともに、相手方の人格、財産等を害しないよう配慮すべき信義則上の注意義務、相手に損害を与えないように配慮すべき信義則上の注意義務を負担するとされています。
例えば、内々定がすでに出ていて、内定が出るのも間近という段階になって、突然、交渉が打ち切られて、その理由も漠然としているという場合は、契約締結過程における信義則違反を理由に損害賠償請求をすることができます。
ただし、会社には採用の自由がありますから、採用を強制することまでは難しいでしょう。つまり、採用までは求められないものの、採用交渉を打ち切られたことによる精神的損害などの賠償は求められるということです。
内定辞退は自由にできる
労働者が会社を辞める場合、労働基準法、労働契約法などには特別の規定がありませんので、民法627条1項の規定に従うことになります。
民法627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
1 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申し入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申し入れの日から2週間を経過することによって終了する。
つまり、労働者には辞職の自由があります。
採用の内定により労働契約が成立している場合は、入社予定者も労働者と同じですから、この民法627条1項に基づいて、2週間後に内定辞退ができます。労働契約が成立していない場合は、そもそも契約関係にはないので、内定は自由に自体できるはずです。
ただし、内定辞退によって会社が損害を受けたとして損害賠償を請求されることがないとは言えません。実際に「君を採用するために多額の費用が掛かった」などと言って、内定辞退をさせようとしない会社はかなりあります。しかし、会社が採用活動を行うために費用を掛けるのは会社のためであり、内定辞退されたからといって、その費用負担を内定者に求めるのは筋違いとも考えられます。
民法627条1項によって、2週間の予告期間による辞職(内定辞退)の自由が与えられていること、内定時には会社側には解約権が留保されていることのバランスから、会社の請求が認められることは、会社に不利益を与える目的があったなど極めてまれなケースに限られると思います。
なお、正規採用後の辞職の自由については次の記事で解説していますので参考にしてください。