子の引渡しについて知りたい人「別居中の夫が、保育園から息子を連れ去ってしまいました。息子は夫の実家にいるようです。どうすれば子を引き渡してもらえるのでしょうか。」
弁護士の佐々木康友です。
これまでの業務経験からこういった疑問にお答えします。
- 子の連れ去り・子の引渡しとは
- 子の引渡しのためにとるべき家庭裁判所の手続
- 子の引渡し調停の内容
- 子の監護者の指定調停の内容
- 親権者の変更調停の内容
- 審判前の保全処分
- 子の引渡しの強制執行
今回は、子の引渡しのための家庭裁判所の手続きについて説明します。
子の連れ去り・子の引渡しとは
- 別居中の夫(妻)が、保育園から子を連れ去ってしまった
- 離婚した元夫(元妻)が、面会交流後、子を返してくれない
こういった場合、子を監護養育している親(監護親)は、どうすれば子を取り戻すことができるのでしょうか。
親としては一刻も早く子を取り戻したいですから、実力行使してでも自らの手で子を取り戻すことを考えるかもしれません。
しかし、この手段はお勧めはできません。
権利者は、たとえ自分の権利を行使するためであっても、裁判などの国家の定めた手続によらずに、自ら実力を行使して権利を実現することは禁じられます。
これを自力救済禁止の原則といいます。
実力行使で子を取り戻すと、この自力救済にあたるとされ、ケガなどさせた場合などには損害賠償請求されることもあり得ますから、避けた方が無難です。
面倒なようですが、相手と話合いで解決できない場合は、家庭裁判所の手続によって、子の引渡しを請求することになります。
日本の法律には、これまで子の引渡しの強制執行に関する規定がなかったのですが、子の引渡しの強制執行に関する固有の規定が民事執行法に設けられました(令和元年5月17日公布、令和2年4月1日施行)。
その内容についても説明します。
子の引渡しのためにとるべき家庭裁判所の手続
子の引渡しのためには、家庭裁判所に審判又は調停を申し立てて、家庭裁判所の手続きのなかで、自分に子の引渡しを受ける権利があることを明らかにする必要があります。
家庭裁判所にどのような審判又は調停を申し立てるかは、
- 父母が離婚しているのか
- 離婚している場合、自分は親権者か
- 自分は親権者ではないとしても監護者か
により異なります。
①離婚していない場合
父母は、婚姻中は共同で親権を行使します(共同親権の原則、民法818条3項)。
親権は、身上監護権(民法820条)と財産管理権(民法824条)からなりますが、子を育てることは身上監護権そのものです。
つまり、父母は、婚姻中はともに子を育てる権利があるということです。
ですので、例えば、父母が別居中、父が、母のもとから子を連れ去った場合、それだけの理由で子の引渡しを求めることができるわけではありません。
子を連れ去った父にも親権(身上監護権)があるのですから、子の引渡しを求める前提として、父母のどちらが子の監護者(身上監護権を行使する人)となるべきかを決める必要があります。
そこで、婚姻中に子が連れ去られた場合には、家庭裁判所に対し、子の監護についての処分として、次の二つを同時に申し立てるのが通常です(民法766条3項)。
まず、監護者として指定してもらった上で、子の引渡しを求めるのです。
- 子の監護者の指定調停又は審判
- 子の引渡しを求める調停又は審判
子の監護についての処分については、調停・審判どちらの申立てをすることもできます(家事事件手続法244条)。
ただし、いきなり審判を申し立てても、まずは当事者間で話合いをするということで、家庭裁判所の職権で調停に付されることが多いです(付調停、同法274条1項)。
そのため、まずは調停を申し立てた方が、時間も手間もかからずよいでしょう。
調停が不成立となった場合は、自動的に審判に移行し、調停申立ての時に審判の申立てがあったものとみなされます(同法272条4項)。
②離婚して、親権者となっている場合
父母が離婚すると、父母のどちらか一方のみが親権者となります(単独親権の原則、民法819条1項、2項)。
親権者である親が、親権者でもなく、次に説明する監護者でもない親に子を連れ去られた場合は、親権を侵害されていることになりますので、家庭裁判所に対し、子の引渡しを求める調停又は審判を申し立てることができます(民法766条3項)。
- 子の引渡しを求める調停又は審判
③離婚して、監護者となっている場合
離婚する時、父母のどちらか一方を親権者としなければなりませんが、父母の置かれた状況によっては、親権者が子の監護をできない事情があるなどして、離婚後も引き続き父母が共同して子育てする必要がある場合もあります。
そこで、この点を補う観点から、父母は、協議離婚をするとき、親権者とならない親を監護者と定めることができます(民法766条1項)。
つまり、親権のうち身上監護権を分離して、監護者に委ねるのです。
これを親権者と監護者の分離・分属ということがあります。
この場合、身上監護権は監護者にあり、親権者に子を連れ去られた監護者は、権利を侵害されているのですから、家庭裁判所に対し、子の引渡しを求める調停・審判を申し立てることができます(民法766条3項)。
- 子の引渡しを求める調停又は審判
親権者と監護者を分離している場合に、親権者が監護者に子の引渡しを求めるのであれば、家庭裁判所に対し、監護者の指定の変更(監護者を取り消す)を求める調停・審判とともに、子の引渡しを求める調停・審判を申し立てることになると思われます。
④離婚して、親権者にも監護者にもなっていない場合
離婚して、親権者にも監護者にもなっていない場合、子を育てる権利がありません。
それでも、子の引渡しを求めるのであれば、まず、親権者を自分に変更した上で(民法819条6項)、子の引渡しを求める必要があります(民法766条3項)。
そこで、次の二つを同時に申し立てることになります。
- 親権者の変更調停又は審判
- 子の引渡しを求める調停又は審判
子の引渡しのために申し立てる調停の概要
上記のとおり、子の引渡しを求めるためには、調停又は審判を申し立てることができますが、実務上、審判を申し立てても、まずは当事者間で話し合ってほしいということで、家庭裁判所は職権により調停に回してしまうことが多いです(付調停、家事事件手続法274条1項)。そこで、以下では、調停の申立手続きについて説明します。
なお、調停が不成立となった場合、自動的に審判に移行し、調停申立ての時に審判の申立てがあったものとみなされます(同法272条4項)。
子の引渡し調停
通常、家庭裁判所に対して、子の引渡し調停を申し立てます(民法766条3項、家事事件手続法244条、274条1項、別表第2第3項)。
家庭裁判所は、子の利益を最優先に考えて審判することとされています(民法766条1項、3項)。
つまり、連れ去られる前後のどちらで生活することが子の利益になるのかという観点から、子の引渡しをすべきかが検討することとなります。
民法766条(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
1 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
しかし、この考え方によると、理屈の上では、違法に子が連れ去られたにもかかわらず、子の利益を考えると、連れ去られた後の生活を継続した方がよいとの判断にもなり得ることになります。
実際、たとえ子が違法に連れ去られたものだったとしても、連れ去られた先での生活が長くなれば、子は新しい生活に順応します。そうすると、子も連れ戻されるよりも、連れ去れた先の今の生活を継続したいと考えるようになることもあります。
そのような場合には、子の引き渡しを命じるよりも、今の生活を継続する方が子の利益になるとして、子の引き渡しを求める審判が却下されることもあり得ることになってしまいます。
しかし、違法な連れ去りをしておきながら、それを結果として正当化する判断はどう考えても納得できません。
そこで、家庭裁判所としても、子の引渡しの判断においては、子の利益を最優先にするとはしながらも、親の親権や身上監護権は相当に重視しています。
つまり、元の監護者のもとから了解もないまま子を連れ去るというのは、元の監護者の権利を侵害する行為ですので、そのような違法な連れ去りがあった場合は、子の利益に反することが明らかな場合など特段の事情がない限り、子の引渡しを認め、元の監護者に戻されるべきであるとの判断をしています。
家庭裁判所がこのような判断をするのは、違法な連れ去りをする親は、子の利益を考えたとしても、親権者や監護者としての適格を欠いていると判断したものとも考えることができます。
申立人
- 父
- 母
管轄(申立先)
相手方の住所地の家庭裁判所または当事者で合意した家庭裁判所
管轄裁判所を調べたい方は裁判所HPからどうぞ。
費用
- 収入印紙1200円
- 連絡用郵便切手(家庭裁判所により異なる)
連絡用郵便切手は家庭裁判所により異なるので確認してください。
必要書類
- 申立書及びその写し1通(書式及び記載例)
- 標準的な申立添付書類 未成年者の戸籍謄本(全部事項証明書)
このほかに、家庭裁判所により独自の書類の提出を求めている場合がありますので、詳しくは管轄の家庭裁判所に確認してください。
子の監護者の指定調停
上でも説明したとおり、父母は、婚姻中は共同で親権を行使します(民法818条3項)。
つまり、本来、父母は、婚姻中はともに子を育てる権利がありますから、子の引渡しを求めるためには、その前提として、父母のどちらが監護者となるべきかを決める必要があります。
そこで、婚姻中、連れ去られた子の引渡しを求める場合には、通常、子の引渡し調停とともに、子の監護者の指定調停を申し立てます。
子の監護者の指定調停については、次の記事で詳しく説明していますので、こちらをご覧ください。
親権者の変更調停
上でも説明したとおり、離婚して、親権者にも監護者にもなっていない場合、子を育てる権利がありません。
それでも、子の引渡しを求めるのであれば、まず、親権者を自分に変更した上で(民法819条6項)、子の引渡しを求める必要があります。
親権者の変更を求める調停については、次の記事で詳しく説明していますので、こちらをご覧ください。
審判前の保全処分
審判前の保全処分とは
子の引渡し調停で、父母間で子を引き渡す合意ができて調停が成立すれば、これに越したことはありません。
速やかに子の引渡しが実行されるでしょう。
しかし、調停が不成立となり審判に移行すると、子の引渡しが実行されるまでにかなりの時間を要するおそれが高いです。
というのも、家庭裁判所の審判は確定しないと効力が発生しないからです。
仮に子の引渡しを命じる審判がされたとしても(家事事件手続法154条3項、171条)、相手方は不服があれば、2週間以内に高等裁判所に即時抗告ができます(家事事件手続法85条、156条4号、172条10号)。
さらに、高等裁判所の決定に対し、最高裁判所に特別抗告・許可抗告ができる場合もあります(家事事件手続法94条、97条)。
このように不服申立てをすることができない状態となって、はじめて審判は確定します。
子の引渡し審判には緊急性が求められるため、家庭裁判所もできるだけ迅速に処理しています。
しかし、不服申立てが繰り返されると、審判の確定に時間がかかり、その分、子の引渡しの実行も遅れることになります。
上でも説明しましたが、家庭裁判所は、違法な連れ去りをした親に対しては厳しい判断をする傾向にあります。
しかし、審判が確定するまでに時間がかかり過ぎると、連れ去られた子も、違法な連れ去りをした親の元での生活に順応してしまいます。
家庭裁判所としても、実態を考えると、連れ去りをした親とともに生活した方が子の利益になると判断して、子の引渡しを認めないこともあり得ます。
したがって、子を取り戻すのであれば、できるだけ早く行動に移した方がよいのです。
そこで、子の引渡しを求める調停・審判を申し立てた場合、これとあわせて、審判前の保全処分を申し立てます(家事事件手続法105条1項)。
審判前の保全処分とは、審判の確定を待たずに、仮の処分として、子を元の監護者に戻すように命じるものですが、この命令が発せられると、直ちに子の引渡しを求めることができます。
「審判」前の保全処分とされていますが、審判ではなく、子の引渡し調停が申し立てられているときも、審判前の保全処分の申立てが可能です(家事事件手続法105条1項括弧書き)。
審判前の保全処分の判断基準
審判前の保全処分は、危険が迫っており、審判の確定を待っていられない場合に限って認められているものです。
したがって、審判前の保全処分が認められるためには、次の要件を満たす必要があります(家事事件手続法115条)。
- 急迫の事情があること
- 著しい損害または急迫の危険を避けるために必要であること
子の連れ去りがあり、監護者の親権または監護権を侵害する違法なものといえる場合は、保全処分が認められることが多いです。
それ以外の場合は、子の監護者の指定審判の判断基準と同様、父母の事情と子の事情を総合的に考慮の上、父母のどちらを監護者とするのが子の利益となるかが判断されています。
家庭裁判所が、子の監護者を指定する場合の判断基準については、次の記事を参考にして下さい。
民事保全法15条(裁判長の権限)
保全命令は、急迫の事情があるときに限り、裁判長が発することができる。
民事保全法23条2項(仮処分命令の必要性等)
仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
子の引渡しの強制執行
子の引渡しを命じる審判が確定したり、審判前の保全処分が命じられると、申立人である親は、子を連れ去った相手方の親に対し、子の引渡しを求めることができます。
これで、相手方の親が任意に子を引渡してくれればよいのですが、残念ながら、申立人の請求にもかかわらず、子を引き渡してくれない場合も多いです。
この場合、子の引渡しを実現する手段として、裁判所に強制執行を申し立てることができます。
日本の法律には、これまで子の引渡しの強制執行に関する規定がなかったため、民事執行法の既存の規定を類推適用するなどして運用されてきましたが、今回、子の引渡しの強制執行に関する規定が民事執行法に設けられました(令和元年5月17日公布、令和2年4月1日施行)。
強制執行の方法
新設された民事執行法174条1項では、強制執行の方法は次のいずれかとされています。
- 執行裁判所が決定により執行官に子の引渡しを実施させる方法(1号)
- 間接強制の方法(2号)
執行裁判所が決定により執行官に子の引渡しを実施させる方法は、直接強制と言われるものです。
つまり、子の引渡しの強制執行の方法は、直接強制か間接強制だということです。
直接強制の申立てができる要件
直接強制の申立ては、審判が確定したり、審判前の保全処分が命じられればいつでもできるわけではありません。次のいずれかの要件に該当しなければなりません(民事執行法174条2項)。
- 間接強制の決定が確定した日から2週間を経過したとき(当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の経過がこれより後である場合にあつては、その期間を経過したとき)
- 間接強制を実施しても、債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき
- 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき
①~③の規定からわかると思いますが、まずは間接強制を行い、間接強制では子の引渡しが実現しない場合や子に危険が迫っている場合に直接強制を行うというのが原則的な考え方です。
直接強制とは、裁判所の執行官が、子を連れ去った親から子の身柄の引渡しを直接受けるというものです。
こういった子の引渡しの実現方法は、子の精神面に悪影響を及ぼすおそれもあることから、まずは間接強制により子の引渡しを促すこととしているものと考えられます。
①に該当する場合
①に該当するのは、間接強制の決定がされたにもかかわらず、債務者(子を連れ去った親)が子の引渡しを行わない場合です。
この場合、債務者は、間接強制に違反していることは承知の上で、確信的に子の引渡しを行わないことも多く、このまま間接強制を継続しても引渡しが行われる見込みがあるとは思われないため、直接強制を容認することになります。
②に該当する場合
②に該当する場合としては、次のようなものが考えられます。
つまり、間接強制をしても、子の引渡しが行われる見込みがあるとは認められない場合、間接強制を行う意味はありませんので、直接強制を容認することになります。
- 審判の確定、審判前の保全処分の命令後、債権者(権利者)が、債務者(義務者)と任意に話合いをしたが、たとえ裁判所から間接強制をされても絶対に引渡しには応じないと述べた
- 債権者からの連絡に対し、債務者が一切応答しない
③に該当する場合
③に該当する場合としては、次のようなものが考えられます。
子に危険が迫っているため、緊急避難的に直接強制を認めるものです。
- 債務者が子を虐待している
- 債務者が子を連れて居場所を転々としている
上にも説明したとおり、条文の規定の文言からは、間接強制が原則あり、直接強制は例外であるかのようにも考えられますが、実際は、話合いにより解決することができず、審判前の保全処分や審判により子の引渡しが命じられ、それでも実行されないために強制執行が申し立てられる経緯をたどっているのですから、むしろ上記の①から③に該当するケースの方が多いと考えられます。
間接強制の方法
間接強制とは、「〇日以内に子を引き渡さなければ、1日あたり〇円支払え」などと命じることによって、間接的に相手方の親に子の引渡しを強制する方法です。
ただし、間接強制は、相手方の親に子の引渡しを間接的に強制する方法に過ぎないため、相手方の親が子の引渡しに頑なに応じない場合には、実効性に限界があります。
その場合は、直接強制の方法が採用されることになります。
また、相手方の親としては、子の引渡しに応じる意思であり、妨害するつもりがなかったとしても、肝心の子自身が引渡しを拒絶している場合にも、同様に引渡しの実現が困難となります。
直接強制の方法
間接強制では子の引渡しが実行されず、民事執行法174条2項の要件に該当する場合は、直接強制が行われることになります。
直接強制の方法は、民事執行法175条に規定されています。
直接強制とは、裁判所の職員である執行官が、子のところに行って、債務者(義務者)による子の監護を解き、債権者(権利者)に子を引き渡す方法です。
子の引渡しは、子の利益のために行われるべきです。
そこで、直接強制により子の引渡しを行うにあたっては、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、できる限り、当該強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮すべきことが要請されています(民事執行法176条)。
必要な行為
執行官は、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、次のことをすることができます(民事執行法175条1項)。
- 債務者に対して説得する
- 執行場所に立ち入る、子を捜索する、戸を解錠する(1号)
- 債権者又はその代理人と子を面会させる、債権者又はその代理人と債務者を面会させる(2号)
- 執行場所に債権者又はその代理人を立ち入らせる(3号)
執行官は、職務の執行に際して抵抗を受けるときは、その抵抗を排除するために威力(人の意思を制圧する程度の有形力)を用いることができるとされています(同法6条1項)。
しかし、子に対しては威力を行使することはできませんし、子の心身に影響を及ぼすおそれがある場合は、子以外の人にも威力を行使することができません(同法175条8項)。
また、執行官は、債務者による子の監護を解くために必要な行為をするに際し、債権者又はその代理人に必要な指示をすることができます(同法175条9項)。
強制執行の円滑な実施のため、関係者への指示ができるのです。
債務者の同席は不要
以前は、債務者が不在の状態で子の引渡しを実施すると、子の心身に悪影響を及ぼすということで、子の引渡しの強制執行は、債務者と子が共にいる場合に限られていました(同時存在の原則)。
しかし、債務者と子が共にいる場合に強制執行するほうが、かえって子の心身に悪影響を及ぼしかねないことや、強制執行を逃れるため、債務者があえて子と共にいないようにするなど、実効性に問題があることが指摘されていました。
そこで、今回の法改正では、債務者と子が共にいることは要件とはされませんでした。
ただし、子の心身への影響を考慮し、原則として債権者本人が執行場所に出頭することが必要とされました(民事執行法175条5項)。
また、債権者が出頭できない場合には、裁判所の決定により、代理人が出頭しても強制執行することができます(同法175条6項)。
代理人は、親族など子と親しい関係にある人が想定されいます。
執行場所
執行場所は、債務者の住居その他債務者の占有する場所(民事執行法175条1項)が原則となります。
その他の場所も一定の要件を満たせば可能ですが、要件は、
- 子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認める場合
- 当該場所の占有者の同意又はこれに代わる裁判所の許可を受けた場合
のいずれも満たす場合です(同法175条2項、3項)。
住居以外の場所としては、祖父母の家、学校、幼稚園、保育園等が考えられます。
学校、幼稚園、保育園等において強制執行を行う場合は、子のプライバシーへの配慮とともに、施設管理者の協力が不可欠ですから、事前の十分な打ち合わせが必要となるものと思われます。
民事執行法174条(子の引渡しの強制執行)
1 子の引渡しの強制執行は、次の各号に掲げる方法のいずれかにより行う。
① 執行裁判所が決定により執行官に子の引渡しを実施させる方法
② 第172条第1項に規定する方法
2 前項第1号に掲げる方法による強制執行の申立ては、次の各号のいずれかに該当するときでなければすることができない。
① 第172条第1項の規定による決定が確定した日から2週間を経過したとき(当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の経過がこれより後である場合にあつては、その期間を経過したとき)。
② 前項第2号に掲げる方法による強制執行を実施しても、債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき。
③ 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき。
3 執行裁判所は、第1項第1号の規定による決定をする場合には、債務者を審尋しなければならない。ただし、子に急迫した危険があるときその他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
4 執行裁判所は、第1項第1号の規定による決定において、執行官に対し、債務者による子の監護を解くために必要な行為をすべきことを命じなければならない。
5 第171条第2項の規定は第1項第1号の執行裁判所について、同条第4項の規定は同号の規定による決定をする場合について、それぞれ準用する。
6 第2項の強制執行の申立て又は前項において準用する第171条第4項の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
民事執行法175条(執行官の権限等)
1 執行官は、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、債務者に対し説得を行うほか、債務者の住居その他債務者の占有する場所において、次に掲げる行為をすることができる。
① その場所に立ち入り、子を捜索すること。この場合において、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすること。
② 債権者若しくはその代理人と子を面会させ、又は債権者若しくはその代理人と債務者を面会させること。
③ その場所に債権者又はその代理人を立ち入らせること。
2 執行官は、子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは、前項に規定する場所以外の場所においても、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、当該場所の占有者の同意を得て又は次項の規定による許可を受けて、前項各号に掲げる行為をすることができる。
3 執行裁判所は、子の住居が第1項に規定する場所以外の場所である場合において、債務者と当該場所の占有者との関係、当該占有者の私生活又は業務に与える影響その他の事情を考慮して相当と認めるときは、債権者の申立てにより、当該占有者の同意に代わる許可をすることができる。
4 執行官は、前項の規定による許可を受けて第1項各号に掲げる行為をするときは、職務の執行に当たり、当該許可を受けたことを証する文書を提示しなければならない。
5 第一項又は第二項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為は、債権者が第一項又は第二項に規定する場所に出頭した場合に限り、することができる。
6 執行裁判所は、債権者が第1項又は第2項に規定する場所に出頭することができない場合であつても、その代理人が債権者に代わつて当該場所に出頭することが、当該代理人と子との関係、当該代理人の知識及び経験その他の事情に照らして子の利益の保護のために相当と認めるときは、前項の規定にかかわらず、債権者の申立てにより、当該代理人が当該場所に出頭した場合においても、第1項又は第2項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為をすることができる旨の決定をすることができる。
7 執行裁判所は、いつでも前項の決定を取り消すことができる。
8 執行官は、第6条第1項の規定にかかわらず、子に対して威力を用いることはできない。子以外の者に対して威力を用いることが子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがある場合においては、当該子以外の者についても、同様とする。
9 執行官は、第1項又は第2項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為をするに際し、債権者又はその代理人に対し、必要な指示をすることができる。
民事執行法176条(執行裁判所及び執行官の責務)
執行裁判所及び執行官は、第174条第一項第1号に掲げる方法による子の引渡しの強制執行の手続において子の引渡しを実現するに当たつては、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、できる限り、当該強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮しなければならない。