遺留分侵害額請求調停について知りたい方「父が亡くなりました。母は先に亡くなっています。兄が全財産を相続する内容の遺言があります。妹の私の遺留分が侵害されているので、兄に遺留分侵害額請求をしましたが、兄は話合いに応じようとしません。やむを得ないので、遺留分侵害額請求調停を申し立てよう思うのですが、どうやって申し立てればよいのでしょうか。また、調停では何が話し合われるのでしょうか。」
弁護士の佐々木康友です。
今回は、遺留分侵害額請求調停の申立方法・流れ・留意点等についてわかりやすく説明します。
遺留分を侵害している相続人等に対し遺留分侵害額請求をしたら、早速協議を始めるべきですが、相手方が話合いに応じないことや、いつまでたっても話合いがまとまらない場合も多いです。
その場合は、速やかに、家庭裁判所に遺留分侵害額調整調停を申し立てるべきです。
なぜならば、遺留分侵害額請求権は、遺留分を侵害している相続人等に遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求する権利であり、一般の金銭債権と異ならないため、遺留分侵害額請求権を行使した時から5年の消滅時効にかかることになるからです(民法166条1項1号)。
つまり、遺留分侵害額請権を行使して1年の消滅時効(民法1048条)の完成を阻止できても、それで安心はできないということです。
とはいっても、どのように遺留分侵害額請求調停を申し立てればよいのか、調停はどのような流れで進み、どのように調停に臨めばよいのかわからない方が大半だと思います。
そこで、今回は、遺留分侵害額請求調停の申立方法・流れ・留意点等についてわかりやすく説明します。
- そもそも遺留分とは
- どのような場合に遺留分侵害額請求をできるのか
- 話合いがまとまらない場合は遺留分侵害額請求調停を申し立てるべき
- 調停のメリットとデメリット
- 調停申立ての手続(管轄・申立書・必要書類・費用)
- 申立書の書き方
- 調停の流れ
- 調停期日で気を付けるべき5つの点
- 調停が不成立になったら訴訟を提起すべき
遺留分とは遺産の最低限の取り分
遺留分侵害額請求調停の説明をする前に、前提知識を確認しておきましょう。
そもそも遺留分とは何でしょうか。
遺留分とは、被相続人の財産のうち、相続人に取得することを保障されている最低限の取り分をいいます。
家族が亡くなったら、家族の相続人は、民法に定められた法定相続分に従って遺産を相続できると期待するのが普通です。
しかし、実際には、その期待どおりに相続できるとは限りません。
- 亡くなった父が遺言書を作成していて遺産は全部兄が相続することになっていた。
- 母の生前、姉が母から多額の現金を贈与されていたことが分かった。
- 亡くなった父が、全財産を公益法人に寄付する遺言を作成していた。
このように、相続人のうちの一人や第三者に遺産を独占させる遺言が作成されたり、生前贈与が行われることによって、相続できる遺産が、法定相続分と比べて著しく少なくなる場合があります。
確かに自分の財産をどのように処分するかは、基本的には被相続人の自由ですが、少なくとも法定相続分にしたがって遺産を相続できると期待していた相続人が納得できないのも理解できます。
そこで、民法では、被相続人の財産処分の自由と相続人の期待のバランスを図り、相続人に対し、被相続人の財産から取得できる最低限の取り分を保障しています。
これを遺留分といいます。
遺留分とは、被相続人の財産の総額に対する一定割合の金銭(お金)を得ることを保障するものです(民法1042条1項)。
不動産・現金・預貯金・有価証券などの被相続人の遺産のうち、具体的な財産の取得を保障するものではないことに注意が必要です。
そのため、相続人の一人に遺産の大部分を遺贈する遺言があったり、生前贈与があったりして、他の相続人の相続できる遺産が遺留分に満たなかったとしても、相続人の一人に対する不動産・現金・預貯金・有価証券などの遺贈や生前贈与の効力が否定されるわけではありません。
次に述べるとおり、遺留分を侵害している受遺者・受贈者に対し、遺留分侵害額請求権として金銭の支払いを請求できることになります。
相続人のうちだれが遺留分権利者となり、どれくらいの割合の遺留分が保障されているのかについては次の記事で詳しく説明しています。
遺留分が侵害されていれば遺留分侵害額請求ができる
他の相続人や第三者が、被相続人の遺言や生前贈与により多額の財産を得たことにより、相続人が相続により取得する財産の価額が遺留分に満たない場合、遺留分が侵害されていることになります。
この場合、遺留分を侵害されている相続人は、遺留分を侵害している受遺者(遺贈により財産を取得した人)や受贈者(生前贈与により財産を取得した人)に対し、遺留分侵害額請求権を行使できます。
受遺者、受贈者には、第三者だけではなく相続人も含まれます。実務上も多くの場合、受遺者や受贈者となるのは相続人です。
簡単にいうと、相続人の遺留分の価額と相続人が相続で取得する財産の価額の差額が遺留分侵害額となります。
つまり、〔相続人の遺留分の価額〕>〔相続人の取得する財産の価額〕の場合(取得する財産に不足が生じている場合)、遺留分侵害額請求権が発生します(実際の計算式はもっと複雑です。)。
別の言い方をすると、下の図でコップに足りない部分が③遺留分侵害額(①相続人の遺留分の価額-②相続で取得する財産の価額)であり、この部分の補填を求めるのが④遺留分侵害額請求です。
〔遺留分侵害額〕=〔相続人の遺留分の価額〕-〔相続人の取得する財産の価額〕
上でも述べましたが、遺留分とは、被相続人の財産の総額に対する一定割合の金額を得ることを保障するものです。
不動産・現金・預貯金・有価証券など、被相続人の具体的な財産の取得を保障するものではありません。
そのため、遺留分侵害額請求権は、被相続人の具体的な財産の取得を請求できるものではなく、遺留分侵害額相当の金銭の支払いを請求することができることになります。
遺留分侵害額の計算手順は次の記事で詳しく説明しています。
ちなみに、遺留分を放棄することもできますが、相続開始前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です。
遺留分の放棄について詳しく知りたい方は次の記事で詳しく説明しています。
遺留分侵害額の時効はたったの1年
遺留分侵害額請求権の時効はたったの1年です。
時効になると遺留分侵害額請求権は消滅してしまいます(一定期間が経過して時効により権利が消滅することを法律用語で「消滅時効が完成する」といいます)。
それでは、いつから1年たつと消滅時効が完成するのかということですが、①相続の開始と②遺留分を侵害する贈与又は遺贈をどちらも知った時から1年で消滅時効が完成します(民法1048条)。
つまり、①を知った時と②を知った時のどちらか遅い方から1年で時効が完成するということです。
消滅時効が完成すると遺留分侵害額請求権は消滅してしまいます。
遺留分を侵害している相続人・受贈者に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できなくなります。
つまり、不公平な内容の遺言書も受け入れざるを得なくなるということです。
こうなると、遺留分権利者(遺留分侵害額請求をする人)としては致命的ですので、必ず時効になる前に遺留分侵害額請求をする必要があります。
また、遺留分侵害額請求は、配達証明付き内容証明郵便で行うのがベストです。
合意できないなら速やかに遺留分侵害額請求調停を申し立てる(調停前置)
遺留分侵害額請求権を行使した後は、遺留分を侵害している受遺者・受贈者(相続人を含む)と協議を開始するのが一般的ですが、いつまでも合意できない場合があります。
また、そもそも、相続人等が話合い自体を拒否している場合もあります。
このような場合は、早々に見切りをつけて、速やかに家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停を申し立てるべきです。
というのも、遺留分侵害額請求権の時効1年以内に遺留分侵害額請求権を行使したとしても、遺留分侵害額請求権は金銭債権であるため、遺留分侵害額請求をした時から金銭債権について5年の消滅時効が進行していくからです(民法166条1項1号)。
民法166条1項(債権等の消滅時効)
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
②権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
せっかく遺留分侵害額請求をしたのに、協議が進まないまま時が過ぎて、時効により権利が消滅してしまっては取り返しがつきません。
遺留分侵害額請求調停が行われている間は消滅時効の完成は猶予されるので(民法147条1項3号)、速やかに調停を申し立てましょう。
なお、「相手方の態度を考えると話し合っても無駄だから、すぐに訴訟を提起した方がいいのではないか。」と思う方もいるかもしれませんが、まずは家庭裁判所に調停を申し立てるべきです。
家庭裁判所に「家庭に関する事件」として調停の申立てができる事件については、訴訟を提起する前に調停を申し立てなければなりません(家事事件手続法257条1項)。
これを調停前置主義といいます。
いきなり訴訟を提起することもできますが、通常は、まずは話し合って下さいということで調停に回されてしますことが多いです(家事事件手続法257条2項)。
相手方に遺留分侵害額請求をしていない場合は、調停申立てとは別途、速やかに遺留分侵害額請求を行いましょう。
遺留分侵害額請求調停の申立てのみでは遺留分侵害額請求権を行使したことにはならないからです。
遺留分侵害額請求権には1年の消滅時効があるので注意しましょう(民法1048条)。
調停申立ての手続(管轄・申立書・必要書類・費用)
遺留分侵害額請求調停の申立手続きの概要は次のとおりです。
申立人
- 遺留分を侵害された人(遺留分権利者)
管轄(申立先)
- 相手方の住所地の家庭裁判所または当事者で合意した家庭裁判所
相手方が複数いる場合は、いずれかの住所地の家庭裁判所で構いません。
管轄裁判所を調べたい方は裁判所HPをご覧ください。
費用
- 収入印紙1200円
- 連絡用郵便切手(家庭裁判所により異なる)
連絡用郵便切手は家庭裁判所により異なるので確認してください。
必要書類
このほかに、家庭裁判所により独自の書類の提出を求めている場合がありますので、詳しくは管轄の家庭裁判所に確認してください。
以下は、どの家庭裁判所でも通常必要となるものです。
書類の種類 | 内容 | 備考 |
---|---|---|
申立書及び遺産目録 | 申立書の正本・相手方分コピー | 裁判所HPに書式があります。 |
遺産目録の正本・相手方分コピー | ||
戸籍関係 | 被相続人の出生時から死亡時までの戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 | 市区町村の役所・役場で取得できます。 |
相続人全員の戸籍謄本 | ||
被相続人の子で死亡している人がいる場合、その子の出生時から死亡時までの戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 | ||
遺言書 | 遺言書 | 遺言書保管制度を利用している場合は法務局で検索可能です。 遺言公正証書の場合は公証役場で検索可能です。 |
遺言書検認調書謄本 | ||
遺留分侵害額請求をしたことが分かる資料 | 内容証明郵便 | |
郵便物等配達証明書 | ||
遺産・生前贈与・債務の内容・価額がわかる資料 | 不動産登記事項証明書(3ヶ月以内) | 法務局 |
固定資産評価証明書(直近年度のもの) | 市町村の役所・役場(23区は都税事務所) | |
預貯金通帳の写し又は残高証明書(相続開始時点) | 金融機関 | |
有価証券(株式、国債、投資信託等)の内容のわかる資料 | 金融機関 | |
贈与財産の内容のわかる資料 | ||
金銭消費貸借契約書 | ||
担保設定契約書 | ||
債務のわかる資料 |
調停申立書の書き方
裁判所のHPに掲載されている記入例に沿って申請書の書き方を説明します。
できれば裁判所の記載例を見ながら下の説明を読んでください。
なお、書式に決まりがあるわけではありません。
裁判所の書式と同じ内容であれば、裁判所の書式を使わずに自分で作っても構いません。
それでは、裁判所に提出する書面はどのような点に注意すべきでしょうか。
一般の文章でもいわれることですが、それは、
- いつ(When)
- どこで(Where)
- だれが(Who)
- なにを(What)
- なぜ(Why)
- どのように(How)
を具体的に書くことです。いわゆる5W1Hというものです。
5W1Hをすべて明らかにして記載するのは現実には難しいですが、できるだけ明らかにするように心がけた方がよいと思います。
できれば年月日を書いて、わからない場合も〇年ごろと書いて時期を特定するようにしましょう。
以下ポイントを述べます。
住所・氏名欄
申立人・相手方の氏名・住所・生年月日・年齢を書きます。
裁判所の書式には本籍地を記載する欄がありますが記入は不要です(ただし、書いても構わないません。)。
相手方が複数いる場合は、「当事者目録」として、別紙に一覧表にまとめてもよいでしょう。
必要事項が記載されていれば構いません。
申立ての趣旨
家庭裁判所にどのような内容の調停を求めるのかを記載する部分です。
記載例のとおり、「相手方は、申立人に対し、遺留分侵害額に相当する金銭を支払うとの調停を求めます。」で構いません。
相手方が複数の場合は「相手方ら」としましょう。
ポイントは、調停は話合いの場なので、「〇〇円を支払え」といった具体的な金額の明示までは不要なことです。
遺留分侵害額請求訴訟を提起する場合は、請求の趣旨に金額を具体的に記載する必要があります。
申立ての理由
なぜ遺留分侵害額請求調停を申し立てたのかを記載します。
申立ての理由としては、次のステップで記載できると非常にわかりやすいです。
上にも述べたとおり、できるだけ5W1Hを明らかにして具体的に書くことがポイントです。
被相続人の死亡した日付は必ず記載するようにします。
被相続人と申立人、相手方の関係を記載します。
申立人と相手方の関係も記載します。
相手方に含まれていない相続人がいる場合はそれもすべて明らかにします。
これにより、被相続人の相続関係を明らかになり、法定相続分、遺留分の計算が可能となります。
遺言書が存在する場合はその内容を簡潔に記載します。
遺言書には様々なことが記載されていますが、遺贈や相続分の指定など、申立人の取得する財産に影響を与える内容について記載します。
生前贈与がある場合は、遺留分の算定に影響を与えるので記載します。
相続開始10年以内の相続人に対する贈与は、遺留分の算定に大きな影響を与えます。
以上を踏まえて、申立人の遺留分が侵害されていることを記載します。
具体的な遺留分侵害額を示すことができればよいですが、申立人は被相続人の遺産の全体を把握していないことが多いため、実際は困難なことが多いです。
遺留分侵害額請求権は1年の消滅時効に掛かりますので、申立人が消滅時効の完成前に遺留分侵害額請求権を行使したことを示します。
遺留分侵害額請求権の行使後、遺留分を侵害した相続人等と協議をしたが合意ができず、調停の申立てに至った経緯を記載します。
遺産目録
遺産目録はすべて把握していなくても可能な範囲で記載すればよいです。
そもそも、遺産は相手方が管理しており、調停申立て時点では、遺留分権利者は財産内容を把握していない場合が多いからです。
調停が開始されてから、被相続人の遺産の全体を把握している相続人に開示を求めればよいと思われます。
特別受益目録(遺産目録の該当欄に✔)
特別受益とは、相続人に対する遺産の前渡しと見做される生前贈与をいいます。
相手方に特別受益がある場合は、分かる範囲で内容を記載しましょう。
但し、遺留分の計算において考慮される特別受益は、相続開始前10年以内のものに限られます。
特別受益の有無によって、遺留分侵害額が大きく変わってくるため、通常、特別受益の有無は大きな争点となるからです。
遺留分侵害額請求調停において、大きな争点となるのは、殆どの場合が特別受益の有無と言っても過言ではありません。
調停の流れ
遺留分侵害額請求調停では、調停委員2人・裁判官1人で構成される調停委員会が、当事者(申立人・相手方)から意見や事情を聞きます。
調停委員会は、中立公平な立場から、話合いによって解決ができるように、当事者に助言やあっせんを行います。
なお、通常、当事者から話を聞くのは、調停委員2名です。
裁判官は、調停の終結時など重要な期日のほかは、主に、評議(裁判官と調停委員の意見交換のことです。)などにより、調停に関与します。
期日調整
裁判所に調停申立書が提出されると、裁判所書記官から連絡が入り、第1回期日の日程調整を行います。
通常は、1ヶ月後位の午前10時頃か午後1時頃に決まります。
第1回期日の日程が決まると、相手方にも連絡され、申立書のコピーと呼出状(期日通知)が送付されます。
相手方には、答弁書(申立書に対する意見)の提出が求められます。
なお、第1回期日は、相手方の都合を聞かずに決めれられるので欠席することも多いです。
第1回期日
第1回期日では、申立人・相手方が同席の上、調停の手順について説明を受けます。
同席したくない場合は、事前に申し出でおけば別々に説明してもらえます。
その後は、当事者が調停室に交互に入室して、調停委員2名に意見や事情を話します。
時間は1回の入室あたり30分から長い場合は1時間くらいです。
その間、他の当事者は待合室で待つことになります。
何回か入室を繰り返して、通常は1回の調停期日は、2時間~2時間30分くらいになります。
通常、第1回期日はオリエンテーションのようなものです。
- 申立人・相手方の主張
- 次回期日までの検討事項、提出書類
を確認し、争点を把握します。
以降、1ヶ月~2ヶ月に1回の頻度で調停期日が開かれます。
第2回期日以降
毎回の期日において、次の点を確認しながら、合意ができるまで調停期日を積み重ねます。
- その期日で合意できた内容
- 次回期日までの検討事項、提出書類
最終的に調停で合意すべき事項は次のとおりです。
通常は、この順序で検討していきます。
なお、遺産である不動産の評価額や特別受益(生前贈与)について争いがある場合、合意の成立まで長期化する傾向にあるように思えます。
まず、相続人の範囲を確定させなければなりません。
相続人の範囲を確定させなければ、各相続人の法定相続分がわからず、遺留分を計算することもできません。
調停の当事者(申立人と相手方)の認識していない相続人が存在している場合も十分ありますので、戸籍により漏れがないように調べる必要があります。
遺留分の算定のためには相続開始時点の財産を確定させる必要があります。
相続開始時点の財産は、遺留分算定の基礎財産に含まれます。
相続開始時点の財産には、プラスの財産だけでなく、債務などのマイナスの財産も含まれます。
通常、申立人は被相続人の遺産をすべて把握はしていません。
多額の生前贈与を受けていたり、遺言において遺産を取得することとされている相続人が遺産を管理していることが多いです。
そのため、財産目録についても、申立人ではなく相手方において完成させる必要がある場合があります。
遺留分算定の基礎財産には、相続開始10年以内の特別受益(生前贈与)が加算されます。
遺留分侵害額調停では、特別受益(生前贈与)の有無が争いとなることが多く、紛争の解決を長期化させる要因となります。
遺留分を算定するには、各財産の評価額を確定する必要があります。
遺留分侵害額請求の場合、通常は相続開始時における遺産の評価額が基準となります。
遺留分侵害額請求権が発生するのは相続開始時だからです。
遺産分割の場合は遺産分割時が基準となるのとは異なることに注意が必要です。
相続開始時点の財産と特別受益が確定すれば、遺留分算定の基礎財産が算定できます。
遺留分算定の基礎財産が計算できれば、遺留分権利者の遺留分額が算定できます。
遺留分権利者の遺留分額が計算できたら、遺贈及び特別受益(生前贈与)、遺留分権利者が遺産分割において取得するべき財産の価額を控除して、遺留分権利者が負担する債務を加算すれば、遺留分侵害額を計算できます。
遺留分を侵害している相続人等が複数いる場合は、各相続人等の負担額を算定して、調停条項を検討します。
調停終了
当事者間で合意ができると、合意内容どおりに調停調書が作成されます。
これで調停成立となります。
調停調書は確定判決と同一の効力があり(家事事件手続法268条1項)、調停証書に定められた内容の金銭の支払義務が確定します。
調停調書に定められたとおりに金銭支払いがされない場合は、相手方の財産に対して強制執行の申立てができます。
なお、通常は、相手方の支払能力も踏まえたうえで合意が成立しますので、支払いが行われないことは訴訟の場合に比べれば少ないです。
調停が不成立になったら訴訟を提起すべき
合意成立の見込みがない場合や、相手方が無断欠席したりする場合は調停不成立となります。
調停が不成立になった場合は、通常の民事訴訟で解決することになります(家事法272条3項)。
遺留分侵害額請求は審判事項でないため、家事審判には移行しません。
調停が不成立となった場合でも、調停終了から6ヶ月以内に訴訟を提起すれば、時効の完成はさらに訴訟の終了まで猶予されます(民法147条1項柱書括弧書)。
金銭債権の5年の消滅時効の完成が迫っている場合は、6ヶ月以内に訴訟を提起する必要があります。
訴訟を提起する裁判所は、被相続人の死亡時の住所を管轄する地方裁判所・簡易裁判所となります(民事訴訟法5条14号)。
調停で気を付けるべき5つの点
第三者である調停委員でも理解・納得できる理由・根拠を示す
調停では、第三者である調停委員でも理解・納得できる理由・根拠を示して説明することが必要です。
調停は相手方との話合いの場ですが、直接話をするのは相手方ではなく調停委員です。
調停委員は親身になって話を聞いてくれますし、時には助言もしてくれますが、こちらの味方というわけではありません。
あくまでも中立的な立場にあります。
そういった立場にある調停委員に話をして調停を有利に進めていくには、第三者である調停委員でも納得できる理由・根拠を示すことが必要です。
それができれば、調停委員も相手方に説得的に説明してくれるでしょう。
そのためには、客観的な資料を示して説得力ある説明することが必要です。
事前に十分に準備・検討しておく
調停期日で調停委員にどのように説明するかは、事前に十分に準備・検討しておきましょう。
できれば、頭の中で考えるだけでなく、メモなどに書き起こしておくことをお勧めします。
その方が頭の中が整理できるからです。
調停の時間は1回2時間程度で、次回は1~2か月後となってしまいます。
調停委員に説明できる機会は限られています。
調停委員が説明内容を理解してくれなければ、当然、相手方にも正確に伝わりません。
限られた時間で分かりやすく調停委員に説明することが必要です。
そのためには、説明内容を事前に十分準備・検討しておくことが必要です。
相手方の話にも耳を傾ける
調停では、相手方の話に耳を傾けることも必要です。
調停はあくまでも話合いの場であり、当事者双方の歩み寄りによる実情に即した解決を目的としています(参考:民事調停法1条)。
相手方の話にも耳を傾けないと、調停委員会から話合いによる解決は困難と判断され、調停が打ち切られてしまう可能性もあります。
「ここは譲れない」という点は明確に認識したうえで、相手方と歩み寄れる点も考えていく必要があります。
重要な点はメモをとる
調停では重要な点はメモをとりましょう。
訴訟では主張は書面で提出されますが、調停では主張がすべて書面で提出されるとは限りません。
調停では、多くのことが口頭でやり取りされます。
重要なことも口頭で述べられることが多いです。
調停委員が相手方の主張をまとめて口頭で伝えてくれますし、こちらにとって助言ともいえることを言うこともあります。
こういったことを逃さずにメモをとることを心掛けましょう。
冷静に話をする
調停ではできるだけ冷静に話をするようにしましょう。
確かに、調停委員から相手方の主張を伝えられると感情的に反応してしまいがちです。
でもここは冷静に。
調停委員は相手方の主張を伝えただけですから、感情的になってもしかたありません。
調停委員という第三者が間に入って話合いを進めることができるせっかくの機会です。
相手方の主張に対しても冷静に対応できれば、調停委員にも信用のできる人と思ってもらえます。
また、調停委員からは自分の意向と異なる助言がされることもありますが、そこに歩み寄りのヒントが隠されている場合もあります。
弁護士への依頼が必要となる場合もある
離婚調停は自分で申立てができますので、弁護士への依頼は原則として必要ありません。
ただし、夫婦双方の意見が激しく対立している場合や、子の親権や面会交流の問題が複雑な場合などは、弁護士への依頼が必要となる場合があります。
まとめ(遺留分侵害額請求調停のメリット・デメリット)
以上、遺留分侵害額請求調停について説明してきました。
まとめとして、遺留分侵害額請求調停のメリット・デメリットをまとめておきましょう。
家事事件手続法257条1項において、訴訟を提起する前に調停を申し立てなければならないこととされているように、調停のメリットは大きいといえるでしょう。
家事事件手続法では調停前置主義が採用されているため、まずは調停を提起しなければならないのですが、そうであれば、調停のメリットを最大限活用して、訴訟に移行することなく、できるだけ調停において紛争の解決を目指したいものです。
メリット
消滅時効の完成の猶予
遺留分侵害額請求調停が行われている間は、金銭債権としての遺留分侵害額請求権の5年の消滅時効の完成は猶予されます(民法147条1項3号)。
つまり、調停が行われている限り、5年が過ぎても遺留分侵害額請求権が時効で消滅することはないということです。
そのまま遺留分侵害額請求調停が成立すれば、遺留分侵害額請求権は消滅時効10年の権利として確定します(民法169条1項)。
一方、残念ながら遺留分侵害額請求調停が不成立となった場合でも、調停終了から6ヶ月以内に訴訟を提起すれば、時効の完成はさらに訴訟の終了まで猶予されます(民法147条1項柱書括弧書)。
調停委員が介在するので冷静になれる
調停では、当事者が調停室に交互に入室して、調停委員2名と話をしながら手続を進めていきます。
他の当事者と同じ部屋で顔を合わせることがないので、感情的にならずに冷静に話をすることができます。
調停委員が争点を整理してくれる
調停委員は、当事者の主張を聞いて、争いのある部分とない部分を整理してくれます。
当事者は、争いのある部分に集中して効率的に話合いを進めていくことができます。
また、当事者の主張が出揃ったところで、調停委員が解決案を示してくれることもあります。
自分で申立てができる
遺留分侵害額請求調停は、弁護士などの専門家に頼まなくても自分で申立てができます。
裁判所も、自分で申立てがしやすいように様々な書式を用意してくれていますし、手続の相談にも応じてくれます。
調停は、基本的には話合いをするところですので、訴訟に比べると手続は難しくありません。
次回までに提出すべき資料や検討すべき事項も調停委員が教えてくれます。
遺留分侵害額請求訴訟のように主張書面を作成する必要はなく、口頭で説明することができます。
遺留分侵害額請求訴訟に比べると、申立てにかかる費用も安いです(収入印紙1200円分と切手代)。
費用が安い
遺留分侵害額請求訴訟では、訴訟費用や弁護士費用に多額のお金を必要としますが、遺留分侵害額請求調停では、申立費用は1200円と切手代で済みますし、自分で遺留分侵害額請求調停を申し立てれば弁護士費用も掛かりません。
遺留分侵害額請求訴訟に比べれば、費用は相当に低く抑えることができます。
迅速な解決も可能
遺留分侵害額請求訴訟は、判決までに相続人(受贈者・受遺者)が何度も主張書面を提出して、その後に証人尋問も行われ、さらには和解の話合いも行われるなど、解決までに長期化することも珍しくありません。
遺留分侵害額請求調停は、相続人(受贈者・受遺者)の話合いにより合意を目指すものであるため、話合いの進み方によっては、短期間で問題が解決できることもあります。
柔軟な解決ができる
遺留分侵害額請求調停は、相続人(受贈者・受遺者)の話合いにより合意を目指す手続きであるため、裁判所が一方的に判決をする遺留分侵害額請求訴訟よりも柔軟な解決ができます。
解決策が双方の合意に基づく
遺留分侵害額請求調停は、調停委員が中立的な立場で相続人(受贈者・受遺者)の話合いを仲介するため、遺留分侵害額請求訴訟に比べ、相続人(受贈者・受遺者)の納得のいく解決策を見つけることができ、将来的なトラブルや不満を少なくすることができます。
デメリット
一方、遺留分侵害額請求調停のデメリットとしては次のものが考えられます。
合意できない場合、遺留分侵害額請求訴訟を提起する必要がある
遺留分侵害額請求調停は、相続人(受贈者・受遺者)の話合いにより合意を目指す手続きであるため、調停期日を重ねても合意できない場合は調停不成立となります。
その場合は、遺留分侵害額請求訴訟を提起する必要があり、さらに時間と費用がかかる可能性があります。
ストレスや精神的苦痛を感じる可能性がある
遺留分侵害額請求調停は、中立的な立場にある調停員の仲介があるとはいえ、相続人(受贈者・受遺者)が話し合うことが前提となっています。
そのため、話合いがうまくいかったり、話合いが長期化した場合、ストレスや精神的苦痛を感じる可能性があります。
相手方の特別受益を立証するなど、遺留分侵害額の計算は複雑になる場合もあるので、弁護士等の専門家の支援を受ける必要があることがあります。