借地権の相続手続きについて知りたい人「父が亡くなりました。母は先に亡くなっています。父は借地上に家を建てて住んでいました。遺言書で建物は私が相続することになっているのですが、借地権も私が相続するのでしょうか。また、借地権を相続するときは地主さんの承諾が必要なのでしょうか。私は家を相続しても使用する予定がないのですがどうすればよいのでしょうか。」
弁護士の佐々木康友です。
借地上の建物を相続する場合、借地権の相続手続きはどのように進めればよいのでしょうか。
借地権も財産的価値を有するので相続の対象となりますが、借地権の相続には、借地権と借地上の建物とが一体的な関係にあることや、地主との借地契約の関係など特殊な要素が加わります。
地主からも、相続人に対し、通常の借地権の譲渡の場合と同様の要求がなされることも少なくありません。
そこで、今回は、借地権の相続手続きにあたり注意すべきことをわかりやすく説明します。
これを読めば、地主との関係にも配慮しながら、円滑に借地権の相続手続きを進めることができると思います。
- 借地権は相続の対象となるのか
- 借地権の相続に地主の承諾は必要か
- 借地権の相続手続き
- 借地権の評価方法
- 借地権の相続後に譲渡・転貸等をしようとする場合はどうするか
借地権とは
借地権の相続について説明する前に、まずは、借地権とはなにかについて確認しておきましょう。
借地権(借地借家法2条1号)とは、次のような権利をいいます。
建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権
借地権というと、漠然と土地を借りる権利を意味するように思われますが、法律的には、借地借家法2条1号において、建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権と厳格に定義されています。
そして、土地を貸す側を借地権設定者、土地を借りる側を借地権者といいます。
実務上は、借地権が地上権であることはほとんどなく、ほぼすべてが土地の賃借権です。
以下では、わかりやすく借地権設定者を地主、借地権者を賃借人として説明しています。
借地権についてくわしく知りたい方は次の記事を参考にしてください。
借地権も相続の対象となる
借地権も相続の対象となります。
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条)。
借地権についても、相続税が課税されることがからも明らかなように、財産的価値のある権利ですので、相続の対象となります。
被相続人の一身に専属する権利義務は相続の対象とはなりません(民法896条)。
一身に専属する権利義務とは、その権利義務の性質上、被相続人のみに帰属すべきものを意味します。
例えば、使用借権(民法593条)は、借主の死亡により消滅するため、一身に専属する権利であり、相続の対象とはなりません。
借地権の相続について地主の承諾は必要か
地主の承諾は不要
土地の賃借権を譲渡・転貸する場合は地主の承諾を受けなければなりません(民法612条1項)。
地主から承諾を受けないまま、賃借人が借地権を譲渡・転貸すると土地の賃貸借契約は解除されます(民法612条2項)。
ここで、土地の賃借権の譲渡とは、賃借人の意思により、第三者に土地の賃借権を移転することです。
また、土地の転貸とは、賃借人の意思により、第三者に転借地権を設定することです。
借地権の相続は、被相続人の死亡により相続が開始した場合に、民法の規定に基づいて、借地権を承継するものです(民法896条)。
つまり、借地権の相続は、被相続人の意思ではなく民法の規定に基づくものであるため譲渡にはあたらず、地主の承諾は不要です。
遺産分割でも承諾は不要
相続人が複数いる場合、被相続人の相続財産は共同相続人の共有となります(民法898条1項)。
しかし、共有のままでは、相続財産を自由に使用・処分ができないため、各相続財産の最終的な帰属先を決めなければなりません。
これが遺産分割です(民法906条)。
遺産分割の結果、ある相続人が、法定相続分を超える割合で借地権を取得する場合、他の相続人から相続分の譲渡を受けたと考えることができるので、地主の承諾が必要とも考えられます。
しかし、共同相続人が全員で借地権を共有している場合は地主の承諾は不要であるのに、遺産分割の結果、共同相続人のうちの一人が借地権を取得した場合には地主の承諾が必要となるのは不合理と思われます。
そこで、最高裁判所の判例では、土地の賃借権の共同相続人の一人が賃貸人の承諾なく他の共同相続人からその賃借権の共有部分を譲り受けても、賃貸人は、民法612条により賃貸借契約を解除することはできないとされています(最高裁判所判例昭和29年10月7日民集8巻10号1816頁)。
この考え方によれば、遺産分割の結果、共同相続人の一人が借地権を取得することとなっても地主の承諾は不要と考えられます。
第三者への遺贈の場合は承諾が必要
遺贈とは、遺言により財産を贈与することです。
借地権を遺贈する場合、遺言者の意思により借地権を移転したと考えることができるため、借地権の譲渡(民法612条1項)にあたり、地主の承諾が必要とされます。
なお、特定の財産を相続人に承継させる内容の遺言が、遺贈(民法964条)なのか、遺産分割方法の指定(民法908条1項)なのかが問題となることがありますが、実務上は、特段の事情がない限りは遺産分割方法の指定と考えられています(最高裁判所判例平成3年4月19日・民集45巻4号477頁)。
したがって、上記の遺贈とは、基本的には第三者への遺贈に限られます。
地主の要求への対応
借地権の相続にあたり、地主から様々な要求がされることがあります。
しかし、すべてに従う必要があるわけではありません。
譲渡承諾料(名義変更料)の要求
地主によっては、借地権の譲渡と同様、借地権の相続の場合にも借地権の譲渡承諾料(名義変更料)を要求してくることがあります。
なお、借地権の譲渡承諾料は、借地権価格の10%程度が目安と言われています。
しかし、上で説明したとおり、借地権の相続については地主の承諾は不要ですので、承諾料も支払う必要はありません。
土地の明渡しの要求
地主から、借地権の相続が無断譲渡(民法612条1項)にあたるとして、土地の明渡しを要求されることがありますが、借地権の相続については地主の承諾は不要ですから、土地を明け渡す理由はありません。
また、借地権の存続期間の満了時に、借地権の相続を理由に更新が拒絶される場合もありますが(借地借家法5条)、そのこと自体が更新拒絶の正当事由(借地借家法6条)となることは基本的にはありません。
- 賃借人が死亡した場合には、借地権が消滅するという特約は可能ですか。
-
このような特約も不可能ではありません。
最高裁判所の判例では、当事者が真に解約の意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由が必要であり、合意内容も不当なものでいならば、一定の期限の到来により土地賃貸借契約を解約する合意も可能としています。
この考え方によれば、上記の要件を満たせば、賃借人が死亡した時に土地の賃貸借契約が終了する特約をすることも可能ということになります。
但し、賃借人の保護の観点からも、要件を満たしているかどうかは厳格に検討されるものと考えられます。「思うに、従来存続している土地賃貸借につき一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限附合意解約は、借地法の適用がある土地賃貸借の場合においても、右合意に際し貸借人が真実土地賃貸借を解約する意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があり、しかも他に右合意を不当とする事情の認められないかぎり許されないものではなく、借地法一一条に該当するものではないと解すべきであるところ、原審確定の前記事実関係のもとでは、本件期限附合意解約は右に説示する要件をそなえているものと解するのが相当であるから、本件期限附合意解約は有効であつて、本件土地賃貸借契約は、期限の到来によつて解約され、上告人は被上告人に対し本件土地を明け渡す義務があるものというべく、これと同旨の原判決の判断は正当である。」
最高裁判例昭和44年5月20日(民集23巻6号974号)
地代の増額請求
借地権の相続を契機として、地代の増額請求がされることがありますが、借地権の相続が増額理由となるものではありません。
地代の増額は、次のことから総合的に検討されるべきものです(借地借家法11条1項)。
- 土地に対する租税その他の公課の増減
- 土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動
- 近傍類似の土地の地代等の比較
地代はだれが支払うのか
地代については、特段の事情のない限り、借地権を相続した相続人が支払うべきでしょう。
遺産分割前は、共同相続人が共同して地代支払債務を負担すると考えるべきです。
土地を貸す債務は性質上不可分のものであり不可分債務となるため、その対価である地代支払債務も不可分債務と考えられます(民法430条)。
地主は、共同相続人の一人に対し、又は同時に若しくは順次に全ての共同相続人に全部又は一部の地代支払請求ができます(民法436条)。
借地権の評価方法
共同相続人間で遺産分割をするためには、まずは各相続財産の評価額を確定させなければなりません。
借地権の評価方法について定まったものがあるわけではありませんが、一般的には相続税評価額と同じ算定方法とすることが多いです。
普通借地権の場合
普通借地権(定期借地権、一時使用目的の借地権など特別の借地権を除く借地権)については、普通借地権の相続税評価額は、自用地評価額(土地の更地価格)に借地権割合を掛けて求められます。
借地権割合は、国税庁の提供する財産評価基準書路線価図・評価倍率表から調べることができます。
相続の対象となっている土地の借地権割合を調べたい方は次の国税庁のホームページから調べてください。
路線価図がない地域の借利権割合については、評価倍率票から借地権割合を算定することになります。
財産評価基準書路線価図・評価倍率表
定期借地権の場合
定期借地権とは、借地契約の更新のない借地権です。
借地契約の更新が原則とされている普通借地権とは異なり、定期借地権の評価額は、課税時期(被相続人の死亡の日)において借地権者に帰属する経済的利益およびその存続期間を基として評定した価額によって評価します。
ただし、定期借地権等の設定時と課税時期とで、借地権者に帰属する経済的利益に変化がないような場合等、課税上弊害がない場合に限り、その定期借地権等の目的となっている宅地の課税時期における自用地としての価額に、次の算式により計算した数値を乗じて計算することができます。
借地権相続の手続き
借地権の相続人を決める
相続人が一人しかいない場合はその人が借地権を相続するのは当然のことです。
相続人が複数いる場合、遺言によって借地権の相続人が指定されていれば、その人が借地権を相続します。
遺言によって借地権の相続人が指定されていない場合は、遺産分割により共同相続人のうちの誰が借地権を相続するのかを決める必要があります。
遺言で借地権の相続人が定められているとき
遺言で借地権の相続人が定められている場合はその人が相続人となります。
なお、遺言には借地上の建物の相続人のみが定められていて、借地権の相続人が定められていない場合があります。
この場合は、特段の事情のない限りは、借地上の建物の相続人が借地権の相続人となります。
建物の所有権は、土地の賃借権を伴わなければその効力を全うできません。
つまり、土地の賃借権は、建物の所有権に付随する権利であると考えることができるので、建物の所有権が移転すれば、これに伴って土地の賃借権も当然に移転すると考えます。
「賃借地上にある建物の売買契約が締結された場合においては、特別の事情のないかぎり、その売主は買主に対し建物の所有権とともにその敷地の賃借権をも譲渡したものと解すべきであり、そして、それに伴い、右のような特約または慣行がなくても、特別の事情のないかぎり、建物の売主は買主に対しその敷地の賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得る義務を負うものと解すべきである。けだし、建物の所有権は、その敷地の利用権を伴わなければ、その効力を全うすることができないものであるから、賃借地上にある建物の所有権が譲渡された場合には、特別の事情のないかぎり、それと同時にその敷地の賃借権も譲渡されたものと推定するのが相当であるし、また、賃借権の譲渡は賃貸人の承諾を得なければ賃貸人に対抗することができないのが原則であるから、建物の所有権とともにその敷地の賃借権を譲渡する契約を締結した者が右賃借権譲渡につき賃貸人の承諾を得ることは、その者の右譲渡契約にもとづく当然の義務であると解するのが合理的であるからである。」
最高裁判所判例昭和47年3月9日(民集26巻2号213頁)
遺言で借地権の相続人が定められていない場合
遺言で借地権の相続人が定められていない場合は、遺産分割協議により借地権の相続人を決める必要があります。
遺産分割協議で合意ができなければ、家庭裁判所に遺産分割調停の申立てをします。
共有の場合、共同相続人全員の同意がなければ、借地権も借地上の建物も処分することができず、処分の自由が著しく制約されます。
そのため、借地権を共有することはできるだけ避けた方がよいのですが、どの共同相続人も借地上の建物と借地権を相続することを望まないことがあります。
この場合は、最終的には共同相続人で借地権と借地上の建物を法定相続分により共有するという結果となることもあり得ます。
借地権の相続人が決まったら速やかに建物の所有権移転登記手続きを行う
例えば、遺産分割の結果、共同相続人の一人が借地権を単独で相続したとします。
そして、その後に地主が土地を第三者に譲渡したとします。
この場合、借地権の相続人は、第三者の所有権移転登記よりも先に対抗要件を備えておかなければ、法定相続分を超える部分について借地権を主張できません(民法899条の2)。
借地権の対抗要件は次のとおりです。
- 借地上に建物が存在
- 建物所有者は借地人
- 建物について借地人名義の登記がある
つまり、借地上の建物の所有権移転登記さえしておけば、借地権についても対抗要件を備えることができます。
地主との土地の賃貸借契約について賃借人の名義変更をする必要などはありません。
地主の意向にかかわらず借地権の対抗要件を備えることができるのですから、借地権の相続人が確定したら、速やかに借地上の建物の所有権移転登記をするべきでしょう。
建物の所有権移転登記手続きの概要を示すと次のとおりとなります。
登記目的
- 所有権移転
登記原因
- 令和〇年〇月〇日相続(被相続人の死亡した日)
申請人
- 借地上の建物を相続する相続人
添付書類
書類 | 備考 |
---|---|
被相続人の戸籍の記録事項証明書(戸籍謄抄本、除斥謄抄本) | 出生から死亡までわかるもの |
相続人全員の戸籍の記録事項証明書(戸籍謄抄本) | 被相続人の相続人であることがわかるもの |
被相続人の住民票・住民票の除票・戸籍の附票の写し | 被相続人の登記上の住所と戸籍が異なる場合 |
遺産分割協議書+印鑑登録証明書 | 実印の押されているもの |
相続人の住民票 | 建物相続した相続人のもの |
借地権の相続後について
相続人としては、借地上の建物を使用する予定がない場合は、建物を譲渡したり、建て替えることが考えられます。
しかし、この場合には地主の承諾が必要となるので注意が必要です。
借地権を譲渡・転貸する場合
借地権の相続の場合は地主の承諾は不要ですが、一旦借地権を相続した後、借地権を譲渡・転貸しようとする場合には地主の承諾が必要となります。
地主の許可が得られない場合には、裁判所に賃借権の譲渡の許可の申立てができます(借地借家法19条、借地法9条の2、9条の4)。
賃貸人に不利となるおそれがなければ譲渡許可がされますが、借地権評価の10%程度の承諾料の支払いが命じられることが多いです。
地主の承諾を得ず、裁判所の許可も得ないまま借地を譲渡・転貸すると、土地の賃貸借契約が債務不履行解除されるので注意が必要です。
借地上の建物を建て替える場合
借地権と借地上の建物を相続したとしても、借地上の建物が老朽化しているため、建替えたいという場合は多いと考えられます。
借地上の建物を建て替える場合は、地主との紛争を避けるためにも地主の承諾を得るべきと考えられます。
承諾料は借地権評価の3~5%であることが多いです。
地主の承諾を得ないまま建物を建て替えた場合、どのような事態となるかは状況により異なります。
借地上の建物を解体撤去する場合
借地上の建物がだれにも使用されないため、安全性の観点からも解体撤去する必要が生じる場合もあります。
平成4年7月31日までに借地権が設定された場合、借地法(旧借地法)が適用されるため、借地権の存続期間の定められていないと、建物が朽廃することにより借地権は消滅します。
その他の場合でも、建物を解体撤去して放置すると、建物利用目的なくなったとして、借地権が消滅する可能性があるので注意が必要です。
まとめ
今回は、借地権の相続手続きにあたり注意すべきことについて説明しました。
相続であっても、借地権を承継することにはかわりがないため、地主から譲渡承諾料(名義変更料)の支払いを要求されると、そのようなものかと考えてついつい応じてしまう方もいるようです。
上でも説明したとおり、借地権の相続は、借地権の譲渡とは性質の異なるものですので、譲渡承諾料の支払いは必要ありません。
少しでも疑問に思うことがあれば、弁護士などの専門家に相談してみた方がよいでしょう。