特別受益の持ち戻しについて知りたい人「父が亡くなりました。母は先に亡くなっています。相続人は、長男、長女、次女の私の3名です。長男は父と同居しており、生前、家の建替え費用など生前贈与を受けています。これから遺産分割協議をしますが、こういったことは特別受益として主張できますか。」
弁護士の佐々木康友です。
今回は、特別受益の持ち戻しについて説明します。
複数の相続人がいる場合、他の相続人が、被相続人から生前贈与を受けている場合があります。
この生前贈与が、被相続人の相続財産の前渡しと評価される場合、遺産分割において考慮しないと、生前贈与を受けた相続人に遺産の配分が偏ることとなり、公平とはいえません。
遺言で特定の相続人に遺贈がされる場合も同様です。
この場合も、遺産分割において考慮しないと、やはり遺贈を受けた相続人に遺産の配分が偏ることとなり、公平とはいえません。
そこで、民法では、一定の要件にあてはまる遺贈・生前贈与を特別受益として、遺産分割にあたり考慮することとしています。
具体的には、被相続人の相続財産に特別受益を加算して、遺産分割をするにあたっての計算上の相続財産(みなし相続財産)を確定させています。
この手続きを特別受益の持ち戻しといいます。
遺贈については遺言書に内容が明らかですが、生前贈与については他の相続人には知らされていないことも多いです。
他の相続人が、被相続人から生前贈与・遺贈を受けている場合、公平な遺産分割を求めるのであれば、積極的に主張していった方がよいでしょう。
今回は、遺産分割において特別受益の持ち戻しを主張する場合の考え方についてわかりやすく説明します。
- 特別受益とは
- 特別受益の持ち戻しとは
- 特別受益になる贈与とは
- 具体的相続分の算定方法は
- 特別受益を立証するポイントは
- 特別受益の持ち戻しの免除とは
- 特別受益の持ち戻し免除の推定とは
- 民法改正による寄与分への影響
特別受益とは相続人の受けた遺贈・生前贈与
まず、特別受益とは、どのような利益なのでしょうか。
特別受益とは、相続人が、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた場合をいいます(民法903条1項)。
つまり、特別受益とは、相続人が、被相続人より受けた次のものです。
- 遺贈
- 生前贈与
但し、生前贈与は、すべてが対象となるのではなく、次のものが対象となります。
- 婚姻若しくは養子縁組のための贈与
- 生計の資本としての贈与
遺贈は、被相続人の死亡時に遺言に基づいて相続人に贈与されるものをいいます。
生前贈与は、文字どおり、被相続人の生前に相続人に贈与されるものをいいます。
結果として、相続人が、被相続人より受けた次のものが特別受益になります。
- 遺贈
- 婚姻若しくは養子縁組のための贈与
- 生計の資本としての贈与
特別受益の持ち戻しが問題となるのは、相続人が特別利益を受けた場合です。
相続人以外の第三者の受けた遺贈や生前贈与は対象となりません。
相続人が相続放棄すると、相続人ではないとみなされますので、相続放棄した相続人が特別受益を得ていたとしても、特別受益の持ち戻しが問題となることはありません。
時系列で見ると、次のようになります。
以下では、遺贈、婚姻若しくは養子縁組のための贈与、生計の資本としての贈与にはどのようなものが該当するのかについて説明します。
遺贈
特別受益となる遺贈(民法903条1項)には、本来の意味での遺贈(狭義の遺贈)と特定財産承継遺言があります。
狭義の遺贈
遺贈とは、狭義の意味では、遺言者が遺言によって、他人に自分の財産を与える行為をいいます。
遺贈の相手方は、相続人・相続人以外の第三者のどちらもあり得ますが、特別受益の対象となるのは相続人に対する遺贈のみであることには注意しましょう。
遺贈には、包括遺贈と特定遺贈がありますが(民法964条)、いずれも特別受益に含まれます。
包括遺贈とは、遺言者が、例えば「全財産の3分の1を贈与する」といったように割合で財産を遺贈するものをいいます。全財産を遺贈する場合も包括遺贈に含まれます。
特定遺贈とは、遺言者の財産のうち、特定の財産を遺贈するものをいいます。例えば「●●県●●市●●町●●番の土地を贈与する」といった場合です。
特定財産承継遺言
民法903条1項にいう遺贈には、特定財産承継遺言も含まれます。
特定財産承継遺言とは、遺産の分割の方法の指定として、遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言です(民法1014条2項)。
遺贈のうちの特定遺贈と何が違うのかといえば、ほとんど違いはないと思われます。
特定の財産を相続人に承継させる遺言は、特定遺贈ではなく、特定財産承継遺言になると考えて頂ければよいと思います。
婚姻若しくは養子縁組のための贈与
婚姻・養子縁組の際の持参金・支度金は、ある程度まとまった金額であれば、特別受益となります。
持参金とは、婚姻・養子縁組の際に、嫁・婿・養子が実家から持っていく金銭をいいます。
支度金とは、婚姻・養子縁組の準備のために必要な金銭をいいます。
このほか、婚姻の場合に結納金・挙式費用を親が支出することがありますが、これが特別受益となるかはあいまいです。
結納金は、相続人である子に対する贈与というよりも、結納の相手方の親に対する贈与と考えられるからです。
挙式費用も、親自らが出席する挙式のために費用を支出したものと考えることもできるからです。
また、子が何人かいて、それぞれの婚姻の場合に同程度の贈与があったという場合は、特別受益には含めないのが公平の観点からも相当でしょう。
生計の資本としての贈与
生計の資本としての贈与とは
特別受益に該当するかどうかで問題となるのは、生計の資本としての贈与です。
理由としては、この生計の資本としての贈与があいまいでわかりにくいというのがあると思います。
一般的に、生計とは暮らしを立てていくための方法・手段をいい、資本とは元手となる資金をいいます。
したがって、生計の資本とは、独立して生活するための基礎となる資金ということになるでしょう。
したがって、生計の資本としての贈与とは、独立して生活していくための基礎となる財産上の給付を意味します。
生計の資本としての贈与としてよくあるのが次のようなものです。
- 子が会社を設立するにあたって営業資金を援助した
- 子が家を建てるにあたって建設資金を援助した
- 子が家を建てるために必要な土地を提供した
こういったものが特別受益にあたることはあまり異論はないでしょう。
一方、次のようなケースは、生計の資本としての贈与といえるかあいまいとなり、個別的な判断が必要となります。
大学の入学金・学費等
高校や大学・専門学校の入学金・学費などについては、子が将来独立して生活していくための基礎となるものなので、特別受益になるかが問題となります。
しかし、現在は、高校の進学率は100%に近い状態になっており、高校卒業後に専門学校や大学に進学する割合も高くなっています。
そのため、高校や大学・専門学校に進学するための費用も、親の扶養義務の範囲内のことであるとして、特別受益にはならないと考えるのが一般的になってきています。
民法877条1項では、直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務があるとされています。
但し、私立の医学部・薬学部に進学したり、海外の大学に進学するなど、高額の学費が掛かる場合には、他の相続人のとの公平の観点から、特別受益に含まれることもあり得ます。
なお、相続人全員が大学に進学している場合は、国立・私立の違いや学部の違いはあるにせよ、入学金・学費の支払は特別受益にはならないと考えるのが相当と考えられます。
長期間の金銭援助
相続人の一人に対し、長期間にわたり金銭が支払われている場合があります。
一回あたりの金額は高額ではないものの、長期間にわたり支払われて総額が多額になっている場合に、特別受益といえるかが問題となります。
この場合、一回あたりの金額のうち、扶養義務の範囲内については特別受益とはせず、これを超える金額について特別受益とする考え方が採用される場合があります。
扶養義務の範囲内の金額については、具体的な基準があるわけではなく、相続人の要扶養状態、被相続人の扶養能力などが総合的に考慮されます。
裁判例では、一回あたりの金額が月10万円以下のものは扶養義務の範囲内とし、これを超える部分について特別受益とする判断をした事例があります(東京家庭裁判所審判平成21年1月30日・家月62巻9号62頁)。
平成4年●月●日から平成6年●月●日までの間に一月に2万円から25万円の送金がなされているが、本件遺産総額や被相続人の収入状況からすると、一月に10万円を超える送金・・・は生計資本としての贈与であると認められるが、これに満たないその余の送金は親族間の扶養的金銭援助にとどまり生計資本としての贈与とは認められないと思慮する。
東京家庭裁判所審判平成21年1月30日・家月62巻9号62頁
生命保険金
生命保険金の受取人が相続人に指定されている場合、受取人である相続人の固有の権利であり、被相続人の遺産とはならないため、特別利益にも含まれないのが原則です。
しかし、保険金額や相続人と被相続人との関係など諸般の事情からみて、保険金受取人である相続人とその他の相続人との間に生じる不公平が到底是認することができないほどに著しい場合には、特別受益となるというのが、最高裁判所の判例です(最高裁判例平成16年10月29日・民集58巻7号1979頁)。
相続財産と比較して、保険金が相当に大きい場合には、相続人間の公平の観点から、特別受益になる場合があるというのは注意すべき点です。
上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持ち戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
最高裁判例平成16年10月29日・民集58巻7号1979頁
遺族年金等
被相続人の死亡により、遺族年金、死亡退職金、弔慰金などが遺族に支払われることがありますが、これらは死者の遺族の生活保障を目的とした受取人固有の権利であるため、相続財産にはなり得ません。
したがって、死亡退職金は、遺産の前渡しとしての特別受益にはなりません。
借金の肩代わり
例えば、親が、子の借金を肩代わりして債権者に返済したとします。
この場合、子は、借金相当額の利益を得ているように見えますが、親は、子に対して求償権を有することになるので、直ちに利益を得たとはいえません。
親が、子に対する求償権を放棄したと認められる場合に、はじめて特別受益とされることになります。
親が求償権を放棄したとは認められない場合、他の共同相続人は、それぞれ法定相続分により求償権を相続することとなり、借金を肩代わりしてもらった共同相続人に対して求償権を行使できることになります。
土地を無償使用している場合
被相続人の所有する土地の上に、相続人の一人が建物を建てて、土地を無償で使用していることがあります。
この場合、被相続人により、相続人の一人のために土地の使用借権(民法593条)が設定されていることになります。
この相続人は、被相続人より使用借権の生前贈与を受けたものとして、この使用借権が特別受益になると考えることになります。
この場合、使用借権の評価額は、更地価格の10~30%程度とされるのが通常です。
使用借権の設定を受けた相続人は、土地を無償で使用することにより、通常の借地であれば必要となる地代の支払いを免れたのであるから、地代相当額も特別受益となるとの見解もありますが、実務上は、地代相当額は、土地の価値とは関係がないので特別受益とはならないとされています。
建物を無償使用していた場合
相続人の一人が、被相続人の所有する建物を無償使用していることがあります。
この場合、賃料相当額が特別受益になるのではないかという問題がありますが、通常はならないものと考えます。
例外として、通常であれば一定の賃料を支払うべき収益物件を無償で長期間にわたり使用している場合は、賃料相当額を特別受益と考える余地はあるものと考えます。
特別受益の持ち戻しとは
ある相続人が特別受益を受けている場合、これを遺産分割において考慮しないと、その相続人に遺産の配分が偏ることとなり、不公平な結果となりかねません。
そこで、民法では、特別受益を受けた相続人と、それ以外の相続人との間に不公平が生じないように、被相続人の相続財産に特別受益を加算の上、遺産分割をするにあたっての計算上の相続財産(みなし相続財産)を確定させ、これに基づいて各相続人が実際に取得する相続分(具体的相続分)を算定することとしています(民法903条1項)。
これを特別受益の持ち戻しといいます。
寄与分がある場合は、みなし相続財産の算定には寄与分も考慮する必要がありますが、今回は、説明を簡単にするため、寄与分はないものとして説明しています。
具体的には以下の手順により算定されます。
【相続開始時の遺産総額】+【特別受益となる生前贈与の額】=【みなし相続財産】
被相続人の遺産総額に、各相続人が受けた特別受益のうち贈与(生前贈与)の額を加算することにより、実質的な遺産総額(みなし相続財産)を求めます。
特別受益のうち遺贈の額が加算しないのは、遺贈の額は、相続開始時の遺産総額に当然に含まれているため、加算すると二重計上となってしまうからです。
相続開始時の遺産総額は、プラスの財産のみを計上します。
遺産にマイナスの財産があったとしても、プラスの財産からマイナスの財産を控除した金額とはしません。
【みなし相続財産】×【各相続人の法定相続分】又は【遺言による指定相続分】=【一応の相続分】
みなし相続財産に、各相続人の法定相続分を掛けることにより、各相続人の一応の相続分が求められます。
また、遺言により、法定相続分とは異なる相続分が定められていることがあります(民法902条等)。
これを指定相続分といいます。
指定相続分が定められている場合は、各相続人の法定相続分ではなく、指定相続分を掛けます。
【一応の相続分】-【特別受益となる遺贈・生前贈与の額】=【具体的相続分】
各相続人が特別受益を受けている場合、計算で求められた一応の相続分には、特別受益となる遺贈・生前贈与の額が含まれてしまっています。
そこで、各相続人が遺産分割により実際に取得する相続分(具体的相続分)は、一応の相続分から、特別受益となる遺贈・贈与の額を差し引くことにより求めます。
相続人が受けた特別受益が、その相続人の相続分を超過する場合があります。
上の計算式で具体的相続分がマイナスになる場合です。
この場合、特別受益を受けた相続人が相続分を受け取ることができないのは当然です(民法903条2項)。
一方、特別受益を受けた相続人は、他の相続人に対し、特別受益の超過分について返還することは求められません。
民法903条1項(特別受益者の相続分)
遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
以上の説明を一つの式にまとめると次の通りとなります。
これまでの説明を簡単な設例で確認しておきましょう。
Aが死亡した。Aの相続人は、子B、C、Dである。Aの死亡時の遺産総額は1億8000万円である。Aは、子Bに対し、3000万円の生前贈与をしていた。また、遺言で、子Cに対し、2000万円を遺贈している。
【相続開始時の遺産総額】= 180,000,000円
【特別受益となる生前贈与の額】= 30,000,000円
【みなし相続財産】= 180,000,000円 + 30,000,000円 = 210,000,000円
【一応の相続分(子B、C、D)】= 210,000,000円 × 1/3 = 70,000,000円
【具体的相続分】
子B: 70,000,000円 ー 30,000,000円 = 40,000,000円
子C: 70,000,000円 ー 20,000,000円 = 50,000,000円
子C: 70,000,000円
遺留分算定の基礎財産に加算される特別受益は相続開始前10年間という期間制限がありますが(民法1044条3項)、遺産分割におけるみなし相続財産に加算される特別受益には期間制限はありません(民法903条1項)。
特別受益の評価額
特別受益となる贈与の評価額は、相続開始時が基準となります。
例えば、30年前の不動産の贈与が特別受益となることもあり得ますが、30年前の不動産の価額ではなく、相続開始時の価額が基準となります。
30年前に金銭の贈与を受けた場合も、相続開始時の貨幣価値に換算して評価されます。
また、贈与を受けた不動産を売却してしまっている場合も、相続開始時に存在しているものとして評価します。
民法904条
前条に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。
特別受益の立証のポイント
遺産分割調停において最大の争点となるのは特別受益(生前贈与)の有無です。
特別受益を受けた相続人は、具体的相続分が少なくなるため、通常は自ら特別受益の主張をすることはありません。
そのため、他の相続人が特別受益の主張をする必要があるのですが、生前贈与は他の相続人に知られないまま行われることが多いです。
生前贈与の贈与者である被相続人はすでに存在せず、受贈者である相続人は自ら供述することはないのですから、客観的な証拠により立証をしていくしかありませんが容易なことではありません。
以下に、特別受益でよく問題となる点について、ポイントを説明します。
金銭の贈与
最も多いのが、「母から、兄が家を建てる時に1000万円渡したという話を聞いている」などといった主張をする場合です。
亡くなっている母に確認することができない以上、このような証言のみで特別受益の立証ができるものではありません。
兄が家を建てた時期に、母の口座から1000万円が引き出されている形跡があったとしても、別の目的に使用された可能性もある以上、それのみで特別受益を認めることも容易ではありません。
口座からの引き出し
被相続人の銀行預金口座の通帳履歴を確認すると、亡くなる直前の時期に一定の金額が繰り返し引き出されているといったことがよくあります。
これについて、被相続人と同居している相続人が引き出したことが分かっていたとしても、「被相続人に指示されて引き出しただけで、何に使ったかわからない」なとど反論されてしまえば、通帳履歴からは、一定の金額が引き出されていること以上のことは明らかになりません。
その当時の被相続人の健康状態など、他の客観的な証拠による補充が必要となります。
資金援助
被相続人が、相続人の経営する株式会社に資金援助していたことが明らかになることがあります。
但し、株式会社と相続人は別人格であるのが原則ですので、株式会社への資金援助を相続人の特別受益と主張するのであれば、株式会社と相続人が同一視されることを客観的証拠に基づいて立証する必要があります。
相続人名義の預金等
被相続人が共同相続人の一人の名義で銀行預金口座を作っていたり、株式を購入していたりすることがありますので、共同相続人の名義を借りていただけで、共同相続人の固有の財産ではなく、被相続人の財産であることを立証する必要があります。
お金の流れ、口座の管理者、銀行や証券会社の担当者の証言などを得る必要があります。
不動産の共有持分
不動産が、被相続人と共同相続人の一人の共有となっていることはよくあります。
他の共同相続人が、被相続人の資金の拠出により購入した不動産であると主張するのに対し、共同相続人の一人は共同購入であると主張します。
不動産の購入金額は多額であるため、不動産購入時の被相続人の銀行預金口座の履歴を確認するなど、客観的な証拠を揃える必要があります。
特別受益の持ち戻し免除の意思表示
特別受益の持ち戻し免除の意思表示とは
被相続人は、特別受益の持ち戻し免除の意思表示をすることができます(民法903条3項)。
民法903条1項によりますと、被相続人の相続財産に相続人の特別受益(遺贈・生前贈与)を加算して、遺産分割をするにあたっての計算上の相続財産(みなし相続財産)を確定させ、これに基づいて各相続人が実際に取得する相続分(具体的相続分)を算定することとしています。
このように特別受益を加算することを特別受益の持ち戻しということは、これまで説明してきたとおりですが、被相続人は、この特別受益の持ち戻しをしないことを選ぶことができます。
つまり、被相続人の持ち戻し免除の意思表示があった場合は、上の具体的相続分を求めるにあたり、相続人の特別受益(遺贈・生前贈与)を加算しないことができます。
特別受益は、被相続人の意思に基づく財産処分であるため、被相続人が求めるのであれば持ち戻しの免除を認めようというものです。
民法903条3項(特別受益者の相続分)
被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
持ち戻しの免除の意思表示は遺言ですることができます。
遺言でなければできないのではなく、遺言以外の方法によっても可能です。
しかし、遺言ですることが通常でしょう。
問題は、持ち戻し免除の意思表示が明示されていない場合に、持ち戻し免除の意思表示を認めることができるかということです(黙示の持ち戻し免除の意思表示)。
黙示の持ち戻し免除の意思表示があったかどうかは次のことを総合的に考慮することになるといわれています(雨宮則夫・石田敏明編「遺産相続訴訟の実務」)。
- 贈与の内容及び価額
- 贈与がされた動機
- 被相続人と贈与を受けた相続人及びその他の相続人との生活関係
- 相続人及び被相続人の職業、経済状態及び健康状態
- 他の相続人が受けた贈与の内容・価額及び持ち戻し免除の意思表示の有無
夫婦間の持ち戻し免除の意思表示の推定規定とは
婚姻期間が20年以上である夫婦の一方が他方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、持ち戻しの免除の意思表示があったものと推定されます(民法903条4項)。
民法903条4項(特別受益者の相続分)
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。
持ち戻し免除の推定がされる要件は次のとおりです。
- 婚姻期間が20年以上の夫婦であること
- 居住用不動産の贈与又は遺贈がされたこと
特別受益の持ち戻し免除の意思表示については、次の記事で詳しく説明していますので、ぜひご覧下さい。
代襲相続の場合
代襲相続の場合、被代襲者や代襲者が被相続人から受けた特別利益が持ち戻しの対象となるかが問題となります。
被代襲者が特別受益を受けている場合
被代襲者が特別受益を受けている場合、当然に特別受益の持ち戻しの対象となります。
代襲者が特別受益を受けている場合
代襲者が特別受益を受けている場合、特別受益の持ち戻しの対象となるかは、代襲原因(被代襲者の死亡等)が発生する前後で異なります。
代襲原因発生前
代襲原因が発生する前に代襲者が受けた特別受益は、特別受益の持ち戻しの対象になりません。
代襲原因発生前は、相続人は、代襲者ではなく被代襲者なので、代襲者の受けた経済的利益が遺産の前渡しとはいえないからです。
代襲代襲原因発生後
代襲原因が発生した後に代襲者が受けた特別受益は、特別受益の持ち戻しの対象になります。
代襲原因発生後は、相続人は代襲者なので、代襲者の受けた経済的利益は遺産の前渡しとはいえるからです。
相続開始から10年経過すると特別受益の持ち戻しを主張できない
2023年4月1日、「民法の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が施行され、遺産分割について10年の期間制限が設けられました。
改正法では、相続開始(被相続人の死亡)時から10年経過した後に遺産分割が行われる場合、具体的相続分ではなく、法定相続分又は指定相続分(被相続人が遺言で定める相続分)で行われることになりました(新民法904の3)。
これにより、例外を除き、相続開始から10年経過後に遺産分割が行われた場合、特別受益の持ち戻しの主張ができないことになりました。
例外的に特別受益の持ち戻しの主張ができる例外は次の二つの場合です。
- 10年経過前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
- 10年の期間満了前6ヶ月以内に、遺産分割請求をすることができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、当該事由の消滅時から6ヶ月経過前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき
もちろん、共同相続人全員が合意している場合には、10年経過後も特別受益の持ち戻しの主張はできます。
なお、改正法は、改正法の施行日である2023年4月1日前に被相続人が死亡した場合の遺産分割についても適用されるので注意が必要です(改正法附則3)。
ただし、経過措置により、少なくとも2023年4月1日から5年間、つまり2028年3月31日までの猶予期間が与えられています。
相続開始から10年が経過しても、2028年3月31日までに遺産分割を行うか、上記の①②の例外に該当する場合は特別受益の持ち戻しの主張ができることになります。